あのコとスキャンダル カシャッ。 マシューとキスをしていた時、フランシスはカメラのシャッター音を聞いた。 邸では、まだ皆がダンスや御馳走を楽しんでいる。 さっきのカメラの音は、フランシスのように、そういったものに敏感でなければ、聞き逃すところであったろう。 フランシスは、マシューから離れた。 「ど、どうしたの?」 「今のシーン、撮られた!」 「え? ……そういえば、女の子達が、写真撮るの、撮らないので騒いでたけど……」 「そんなもんじゃねぇ……あれは、プロのカメラマンだ。どういうことか、わかるか?」 今で言うパパラッチのことであろうか。 マシューは、きょとんとしていた。このお人好しの青年には、全く理解できていないのではないか――フランシスはそう感じた。 「――新聞に載るかもしれんな」 フランシスは、チッ、と舌打ちをした。 「俺、ちょっと行ってくるわ」 「ま……待って。僕達、そんなに悪いことしていないよね」 「ああ。もちろん」 「だったら……そのままにしておいても」 「わからない奴だな」 フランシスは、ぐいっとマシューの胸倉を掴んだ。 「これが発表されれば、スキャンダルになるんだぞ」 「え……ええッ?! スキャンダル?!」 「そうとも。俺はいいが、おまえは傷つくかもしれんぞ」 フランシスは真面目な顔だった。 「僕……僕も、いいです」 「何ッ?!」 「だから……フランシスさんとスキャンダルになるの、僕も、いいです……」 「馬鹿野郎ッ! おまえみたいな甘ちゃんが相手にできるものではないんだぞ、世間の目は……」 「いいんです!」 マシューは、目をきらきら輝かせながら、ぐっと胸を反った。 「でも、おまえには、アルフレッドが……」 「アルフレッドは、アーサーさんしか見てません」 そう、決然とマシューは言った。 「それとも、フランシスさんが御迷惑ではありませんか? 僕なんかと噂になって……」 この青年は――こんなに強かったのか。 先程声をかけた時は、いかにも頼りなげな、ひ弱な青年にしか見えなかったのに。 わかった。 (アンタがその気なら、俺も付き合うぜ!) フランシスは、マシューから手を放した。マシューがごほごほ言う。 「あ……あの、フランシスさんには、アーサーさんがいたんですよね。すみません……僕なんかと……」 「自分を卑下するな!」 フランシスは叫んだ。 「俺も……大丈夫だ。アーサーも、アルフレッドしか目に入っていない」 今から、新聞の見出しが予測できそうだ。 それを読んで、アーサーはどう思うだろうか。 (フランシスの馬鹿が……俺の弟分に手を出しやがって) か、それとも―― (フランシスにも、新しい恋が訪れたんだな) と、ほっとするか、 (マシューも可哀想にな。こんなスキャンダルに巻き込まれて) と、同情するか。 一番ありそうなのは、いつものことだ――と肩をそびやかす。そんなところか。 フランシスとマシューのことは、もうあの舞踏会ではすっかり話題の的だ。アーサー達も、もう知っているだろう。 でも、世間の間で醜聞になるなら、それは俺の責任だ。付き合う、と決意は固まったが、なるべくなら、この砂糖菓子のような青年を守ってやりたかった。 「マシュー、いい子だから、ここで待っててくれよ」 「え? どこ行くの?」 「ちょっとね」 マシューは、眉をハの字に寄せた。 「そんな顔すんな。心配いらないよ」 フランシスは、マシューを元気づける為に、彼のおでこにキスをする。 「じゃ、行ってくる」 あのカメラマンの居所は、大体勘でわかる。それは、数々の国や人間と浮名を流してきた男の嗅覚、と言ってもよかった。 「見つけたぞ」 「ひっ!」 カメラを持った男が、フランシスに驚いて腰を抜かす。 (なんだ。今度のはえらく情けないヤツだな) フランシスは思った。 「俺がどうしてここに来たか……わかるよな」 「は、はい……」 「そのカメラ、こっちに渡してもらおうか」 カメラマンが、こわごわとそれを渡す。 「ふんっ!」 フランシスは、拳で新式の写真機を叩き割った。 「あ、あひぃ……っ!」 「もう二度と、こんなことするんじゃないぞ」 「は、はい……」 男は逃げて行った。 なんか変だな――。 何か違和感がある。 しかし、とにかくカメラマンは仕留めた。あの男なら、ちょいと脅かすだけでいいだろう。 早くマシューのところへ行こう。 フランシスは彼の元に帰って行った。 「あ、フランシスさん」 草むらにマシューの顔が明るくなった。 かわいいな。 「もう用は終わったよ。さぁ、舞踏会に戻ろう」 「ええ」 しかし―― 翌日の新聞には、フランシスとマシューの写真が堂々と映っていた。 「ちっ。やっぱりあれは囮だったのか」 それを見抜けなかったなんて、俺もヤキが回ったな。 アーサーの文句の電話もそこそこに切って、フランシスはマシューに電話をした。 「やぁ、マシュー。……君も見たか。そ。あの写真。俺も油断したな」 「いえ、いいんです……けど」 「なんだい?」 「僕なんかと……迷惑じゃないですか?」 「ああ。君となら、スキャンダルになってもいい」 「本当に?」 ――本当さ。 その日から――フランシスとマシューが二人で連れ立って歩いているところを、世界中が見ることとなった。 カメラのフラッシュに囲まれた彼らは、とても幸せに見えた。 後書き 『浮気しちゃうぞ』の続きです。 ちょっと急ぎ足だったでしょうか。 あっという間にくっついてしまいました。フランシスとマシュー。 いつまで続くでしょう。私としましては、末永く、付き合っていってもらいたいものです。 なお、タイトルは、チェッカーズの『あの娘とスキャンダル』から取りました。 2010.4.9 |