朝菊小説『あなたの為にビーフシチュー

「アーサーさん、お願いがあるのですが」
 イギリスに来て、アーサーの家に着くなり、菊が切り出した。
「なんだ? お願いってのは?」
 アーサーは、本をしまい(エロ本だった)、訊き返した。
「私に料理を教えてもらえませんか?」
「え?」
 あまりにも意外な台詞だったので、アーサーは少しの間固まった。彼に料理を教わる国なんて、これまで全然いなかったのだ。
「あ、あの……嫌だったら別に……」
「い、いや……嫌じゃない、嫌じゃ……!」
 アーサーは慌てて首を振った。
「ふ……ふふふ、あーははは! 見たかフランシス! 聞いたかアル! 菊がこのアーサー様に料理を教わりたいんだってよ! 俺を味音痴と馬鹿にした奴、ざまぁ見ろ!」
「あ、あの……どこに向かって喋っているんですか?」
「いや……何でもない。で、菊はこの俺に何のレシピを教えてほしいのかな?」
「はい。ビーフシチューを。私の上司が、あなたの国に入った際に食べたのを気に入ったらしくて」
 菊の国の上司が気に入った……俺もついに料理大国と認められたんだな……ふはははは。
 アーサーは舞い上がった。
「ビーフシチューか。それは俺も大得意なんだよな。早速作ろう!」
「はい!」
 菊はメモを準備した。

「はい! 出来上がり!」
「おお。これがビーフシチューというものですか……いい匂いがしますね」
「だろ? なんたって料理大国の俺が作ったんだからな!」
 今日は材料や調味料も、何度も確かめて用意したし、時間超過で焦がすという初歩的なミスもなかったし、味付けも完璧だし、俺としては最高の出来だ!
「味見してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
 菊はビーフシチューを匙で掬って口に入れた。
「わぁ……コクがあって、すごく美味しいです」
 菊の幸せそうな笑顔に、ドキンとアーサーの胸が高鳴った。
(自分で作っておいて言うのもなんだが、久々に上手い飯ができたな)
 アーサーは、ビーフシチューを味わいながら思った。
「お礼と言ってはなんですが、今度は私が肉じゃがをご馳走します。ビーフシチューを作ろうと思って、偶然できたものです」
 食べ終わった後、菊が言った。
「そりゃ楽しみだな」
 二人は、台所へ向かった。綺麗に食べ終えた後の食器を持って。
 料理のおかげで、二国間の仲は、ますます親密なものとなった。

BACK/HOME