雨はあがる

 今年のインターハイは……終わったのだよ。
 緑間真太郎は雨に濡れた。
 この涙も雨と共に洗い流すことはできないだろうか……。
「あ、いたいた。おーい、真ちゃん」
 チームメイトの高尾和成が緑間に声をかけた。
「なーに浸ってんの。センパイ達行っちゃったよ」
「高尾か……」
「真ちゃん、もしかして泣いてる?」
「泣いてなどいないのだよ……これは……雨だ」
「素直じゃないねぇ、真ちゃん。――でも、オレ、ちょっと嬉しかったりして」
「負けておいて何が嬉しいのだよ」
「だーって、真ちゃんの素顔見れたし。真ちゃんだって悔しければ落ち込むんだなって」
「――オマエ、それの何が嬉しいのだよ。嫌がらせか?」
「うんにゃ。オレさぁ……今まで真ちゃんのこと嫉妬してたんだよ、実は」
「――そうだったのか?」
 高尾がそんな想いを自分に抱いているとは知らなかった。いつもへらへらしてるから。
 緑間がそう言うと、
「だってさぁ……真ちゃん、天才なんだもん。オレもがんばってるんだよ。天才様の相棒をつとめるのも楽じゃないしさ」
「誰が相棒だ、誰が」
「オレ、真ちゃんの相棒のつもりだったけど、違った?」
「――相棒など……いらないのだよ」
「つれないねぇ……まぁ、そういうところが好きなんだけど。いつもは真ちゃん、完璧なんだもんなー、オレと違って。頭はいいわ、バスケは上手いわ、女子にはモテるわ――」
「待て。オレのどこが女子にモテる」
「あー、知らないの? そっかー、知らないのかぁ……宮地さんの気持ちがわかるわ。オレも軽トラで轢きたいね。あ、リアカーの方がいい?」
「ふん。勝手にするのだよ」
「でさぁ、さっきの話だけど、真ちゃん、女子に人気あるよ。他校の女子にもさ。――まぁ、真ちゃんバスケ馬鹿だから気付かなかったかもしれないけどさ。イケメンだとか、バスケしてる姿がかっこいいとか、あのストイックな感じが萌える、とか――」
「萌え……何?」
「まぁ、知らなかったなら知らないでもいいさ」
 高尾は緑間の肩を叩いた。
「でも、真ちゃんの弱味が見られて良かったよー、真ちゃんのことますます好きになったりして」
「男同士でそれは気色悪いのだよ」
「あ、そうだね。真ちゃんはバスケが恋人だもんね」
「勝手に恋人とか決めるな」
「はいはい。じゃ、ちょっとセンパイ達に挨拶して二人で帰ろう。どっかの店に寄ってく?」
「寄ってどうするのだよ」
「残念会を開くのだよ――やべっ! 真ちゃんの口調うつっちゃった!」
 緑間はふっと笑った。
 気がつくといつも隣にこの男がいる。コミュニケーション能力に長けてて、ちゃらちゃらしてるようでいて実は優しくて強いこの男が。
 敵としてあいまみえたこともあったけど、今はバスケ以外にさしたる興味もない自分のサポートを細々としてくれる。お節介ともいうが、面白い男だ。
 確かに一人はもう飽きたな……。
 相棒か。それもいいかもしれない。
「高尾」
「何?」
「オレは誠凜に負けたのではない――黒子に負けたのだよ」
 黒子テツヤは緑間と同じ帝光中学のバスケ部の仲間であった。
「それと火神とな」
「あー、だから真ちゃん落ち込んでたのか。よしよし、オレが慰めてやるよ」
「――いらないのだよ」
「でもさー、オレすらもしばらく声かけらんなかったんだよ。雨に濡れてる真ちゃん、超セクシー……って、オンナだったら言うよなぁ」
「何を馬鹿なことを」
「はいはい。オレは馬鹿ですよー。どこぞの天才さんと違って」
「いい加減やめるのだよ。オレは天才じゃない」
「そうそう。『人事を尽くしたまで』って言うんだろ?」
「むっ。……その通りだ」
 雨が激しくなってきた。傘を持っていたら飛ばされそうだ。
「なぁ、真ちゃん……そろそろ寒いんだけど……どっか店行かね?」
「どこへ行く?」
「この近くにお好み焼き屋があるんだよ。行く時チェックしといた」
「なるほど……抜かりないな」
「それが特技みたいなところもあるもんでね」
「後、ホークアイな。オマエには随分助けられたのだよ」
「おっ、真ちゃんがデレた。可愛い」
「男に『可愛い』なんて言われても嬉しくないのだよ」
「じゃあ、オンナだったら?」
「もっと嫌だ」
「真ちゃんはお好み焼きは好き?」
 高尾は突然話題を変える。
「――もんじゃよりはマシだな」
「ということは好きなんだね」
「そうとらえても構わないのだよ」
「よし、決まり~! お好み焼き屋に決行だ~!」
「オマエは無駄にうるさいのだよ」
 そう言った緑間の顔は――綻んでいた。

 秀徳の先輩達は見当たらない。すっかりはぐれたみたいだ。
 誠凜と海常の2チームと同じ店に入ってお好み焼きを食べた二人は店を出た。雨はすっかり上がっていた。
「ふー、食った食った。まさか海常さんと誠凜さんに会うとは思わなかったぜ。何コレ運命?」
「ふん……嫌な組み合わせだったのだよ」
「まーたまたー。結構楽しんでたようだったじゃない」
「オマエはまたしばかれないと気が済まないらしいな」
「あっ、それはカンベンして! マジカンベン!」
「二度も言わなくていいのだよ――」
 確かにお好み焼きをひっくり返す時に緑間の頭上に落としたのは故意ではないが高尾が悪い。それは高尾自身もよく知っているみたいだが。
「しかし、火神の食欲はすごかったな――ほんとに人間かと疑ってしまったのだよ」
「全くだよなー。いくら成長期でもありゃねぇわ」
 高尾がけらけらと笑った。
 気がつくと、いつもこいつが隣で笑っていた。
 気がつくと……。
 ふん。運命なんてものはわからん。
 緑間は眼鏡のブリッジに手をやる。
 その後、なんだかんだと話をしながらチャリアカーで移動していると(もちろん高尾が漕いでいる)。
「あれ? センパイ達じゃね?」
 高尾がいちはやく気付いた。
「センパイ――」
 主将の大坪がいた。宮地、木村も一緒にいる。
「どこへ行っていた。高尾、緑間」
 大坪が訊く。
「お好み焼き屋に寄ってたっすー」
「おい、高尾」
 緑間が小声で叱る。
「真ちゃんが泣いてたから慰めてたっす」
「だからオマエは余計なことを……」
「まぁ寄せ、寄せ」
 大坪が手をひらひらさせる。
「緑間」
 宮地が真面目な顔で言う。
「オレも今回の負けは悔しい。だから、今度こそ勝とうぜ。ウィンターカップで」
「オレ達もセンパイらしいとこ見せてやるからな。ウィンターカップはオレ達にとって最後の戦いだもんな」
 木村も言う。
「そうだぞ。緑間。諦めることはない。一年のオマエにはまだチャンスがいっぱいあるじゃないか」
 と、大坪。
「センパイ――ありがとう、ございます」
「なんのなんの――最後の粘り、すごかったぜ」
 と宮地が心安だてに言う。
「いつか話そうと思ってたんだがな――オレ達だってオマエのチームメイトなんだ。もっと頼ってもいいんだぞ。まぁ、高尾がいたからそんなに心配はしていなかったのだがな」
 と、大坪は主将らしく話す。
 ああ、オレにはこんなにいい仲間達が――いたんだ。一人ではなかったことがこんなに嬉しいなんて……。
 緑間の心の雨もあがった。
「がんばろうぜ、真ちゃん」
「わかっているのだよ。次は勝つ!」
 その日、緑間はキセキの世代の一人ではなく、秀徳高校バスケ部の本当のチームの一員になれた……。

後書き
『雨はあがる』……『明日へ連れて』の一節です。
秀徳の面々はやはり書いてて良いわいなぁ。
高尾君との間も縮んだりして?
かんなり前のエピソードを絡めたのですが、読んでくださった方、ありがとうございます。
ところでマー坊はどこに行ったんでしょうかね?(笑)
2013.6.4

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