黒バス小説『雨宿り』

 ざああああああああっ。
 集中豪雨が襲い掛かる。
 ああっ! くそっ! 真ちゃんの家はまだか……。真ちゃん――というのは緑間真太郎のこと。傘を開いて雨を防いでいる。ちくしょ。
 こうなったのもオレが例によって例のごとくじゃんけんに負けたからで――。
 ああ、着いた。早く妹のなっちゃんが淹れたコーヒー飲みたいよ。
「着いたよ。真ちゃん」
 言葉すら刺々しくなる。
「ん――もうか」
 真ちゃんはリアカーから降りる。
「高尾、家に寄ってかないか?」
 高尾というのはオレのことね。
「え? いいよいいよ――くしっ!」
「ほら、冷えて風邪ひいても知らないのだよ。早く来い」
「ん、ああ……」
 真ちゃんて優しいな、と思うのはこんな時。真ちゃんは、本当は優しい。だから、嫌いになれないし、むしろ好きだ。ただ、ツンデレなだけで――。
「どうした? 入んないのか?」
「ああ、ごめん。――お邪魔しまーす」
 オレは真ちゃんについて行った。白いドアが開く。いつ見ても豪勢な家だな。
「あらあら、真太郎。――高尾君、お久しぶりです。こんなに濡れちゃって」
 真ちゃんの美人のお袋さんがやってきた。
「あ、オレ、平気ですから」
「高尾、シャワー浴びて来い」
「真太郎が友達連れて来るのなんて久しぶりだから――」
「母さん、余計なことは言わなくていいのだよ」
 さしもの真ちゃんもお袋さんには弱いらしい。オレがにやにやしながら見ていると――。
「何にやにやしているのだよ。早くシャワールームへ行け!」
 ――怒られちゃった。
「着替えは真太郎の中学の時のがあったわよね」
 どうせオレには今の真ちゃんの服はデカ過ぎるよ。真ちゃんがデカ過ぎるんだ。下睫毛のくせに。
「温かい紅茶を淹れておきますからね」
「あ、ありがとうございます」
「そんなガチガチにならなくてもいいのだよ」
「そうよ。あなたは真太郎の数少ないお友達だから」
「母さん!」
 オレはふっと笑った。やっぱり少ないんだ。友達。
「笑うな。さっさと行け!」
「わかった。オレも行こうとしてたとこだったんだ。じゃあな」
 真ちゃん、優しいのにどうして友達いないかねぇ。あのキセキの奴らは友達と呼べるのか。黒子はどうだったんだろう。
 ――ま、いいや。考えても仕方がない。オレはシャワーを浴びてその間に用意してくれたらしい服を着た。
「それにしてもまぁ、こんな雨の中、よく来てくれたわね。高尾君」
「はい……」
 真ちゃんはチャリアカーのことを話してないのだろうか。
「チャリアカーを運転してまして」
「チャリアカー? あの変な乗り物のこと?」
「そうです。雨の時はほんとまいりますよ」
「真太郎。あなた、チャリアカー、運転したことあって?」
「ほとんどないな。高尾がいつも牽いてくれてる」
「あらま、そんな。ダメじゃない。高尾君にばっかり頼っちゃ」
「じゃんけん制なんだから公平ですよ」
 オレはつい口を出す。
「オレは人事を尽くしているから絶対に負けん」
「真太郎……」
 真ちゃんの母親は良い人らしい。お父さんもいい人だ。何故に真ちゃんや春菜ちゃんのような変わった子供が生まれたのか――オレだってホークアイという特殊能力を持って生まれてきたんだけどな。
「お茶が入ったわよ。どうぞ」
 助かった。熱いお茶が喉から手が出るほど欲しかったんだ。
「いただきます」
「こちらのスコーンもいかが?」
「あ、ども」
 ちょっとしたティーパーティーだな。真ちゃんがこっちを見てる。――優しい目だ。でも、何だろう。ちょっと珍獣を見守っているようなそんなニュアンスもないではない。
「真太郎もどうぞ」
「いただきます。母さん」
 真ちゃんはお茶を飲む時も上品だなぁ……今度はオレが真ちゃんを見守っていると。
「ん? どうした? 高尾」
「あ……」
 真ちゃんに見惚れてたなんて、真ちゃんのお母さんには言えねぇ。恥ずかしいから。
「ん。何でもない」
 そう。何でもないんだ。真ちゃんなんて、男だし、バスケに関しては天才だけど、扱いめんどくさいし。
 でも――オレは真ちゃんが好きになっていた。真ちゃんも憎からず思っている――のだったら嬉しいんだけどな。
 オレは、ごくんと最後の一口を飲んで――むせた。
「あまり急いで飲み過ぎるからなのだよ」
 前言撤回。真ちゃんマジで非情。
「そんな言い方ないでしょう。真太郎。大丈夫。高尾君」
「は……はい……」
 人妻とはいえ、真ちゃんとタメ張るぐらい美人のお母さんに労わられて悪い気はしない。それを感じ取ってか、真ちゃんは、ふんと、鼻を鳴らした。
 大丈夫だよ。オレ、真ちゃんが一番だから。
 ――いつの間にかそんな間柄になっちゃったんだなぁ。オレ達。
 真ちゃんはどう思っているかわからないけど、オレは、真ちゃんのことが好きになっていた。
 おかしいね。前はとても憎んでいたはずなのに――。
 やっぱり、真ちゃんも同じ人間だってことがわかって好きになったのかな。真ちゃんも人間。当たり前のことだけど。
 以前のオレは、真ちゃんのこと、仮想敵としか見做していなかったから。
 そういうヤツもずいぶんいたと思う。真ちゃん含むキセキの世代全体が他の学校からは仮想敵と見做されていたわけだから。
 でも、味方につけておけばこれほど心強いヤツらもないわけで――。
 そうだなぁ。真ちゃんの隣にいれば得することも多いな。しかぁし、その分損することも多いんだ。例えば、ラッキーアイテムを探すのに協力させられたりとか。
 ――今日のように、雨の中チャリアカーを漕がせられたりとか。
 だけど、真ちゃんにいいように扱われれば扱われるほど、オレの真ちゃんへの愛は深まったりして。オレってMなのかなぁ。
「どうした? 高尾」
 こいつに付き合えるのも、キセキと黒子と秀徳スタメンとオレだけだと思う。――何だ。結構いるじゃん。
「何? オレ、なんか様子変?」
「お前――オレに向かって笑いかけていたのだよ」
「おー。だってオレ、真ちゃん好きだもん」
 今度はするっと言ってしまった。真ちゃんのお母さんもいるというのに。場に慣れたせいだろうか。
「良かったわねぇ。真太郎。いいお友達ができて」
 真ちゃんのお母さんがのほほんと笑う。
「あ、えへへ……真ちゃん、じゃなかった、緑間君、ちょっと変わってるけどいいヤツでさ……」
「余計なこと言うななのだよ。高尾」
「あ、カンに障った?」
 オレが言ったのは事実だもんね。真ちゃんて、愛されて育っているような気がするし。
「お前はオレを買い被っているのだよ」
 そんなことないよ、とオレが言ったら、一瞬真ちゃんの顔が綻んだ。その後、またいつもの仏頂面に戻ったけど。
 ああ、神様。緑間家に雨宿りする機会を作ってくれてありがとう!

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