あなたの悪事を完全ホールド!

 カリ―ナ・ライルは、日曜朝七時という手持無沙汰な時間を父親と一緒にテレビを観て過ごしていた。
「あ、電話」
 カリ―ナは立ち上がって、ニュースを聞き流す。
『ここのところシュテルンビルトシティで続いている放火は同一人物が犯人と思われ……』
 だから、アナウンサーの声も耳に入らなかった。廊下に移動したからである。
『おはようございます。カリ―ナさん』
 電話の主はヒーロー仲間のバーナビー・ブルックス・Jrであった。
「何よ、ハンサム」
『おじさんにこの間の仕返しをと考えましてね……カリ―ナさんも乗りません?』
「あたしは……」
 カリ―ナは軽くふっくらした下唇を噛んだ。
 バーナビーは一体何を考えているのだろう。時々読めなくて、それがちょっと怖い。
 けれど――
「わかったわ」
 あのおじさん――鏑木・T・虎徹には借りもあるけど貸しもたくさんある。
(結構面白そうね)
 虎徹の顔が浮かぶと、カリ―ナは途端にやる気になった。
「答えはイエスよ。どこで待ち合わせすればいいの?」
 バーナビーが今いる場所を教えてくれた。
『ああ、それから、おじさんも一緒ですよ』
 おじさんも一緒……。
 その言葉に胸がときめく女子高生、カリ―ナ・ライル――それが、大人気のヒーロー、ブルーローズの素顔であった。

 予定をキャンセルした時、友達は笑って許してくれた。いい友人を持ったと思う。
「おーい、こっちこっちー」
 待ち合わせの公園に着くと、ハンチング帽をかぶってアイパッチした虎徹がいた。
(おじさん……)
 どきんと胸が高鳴る。
「さぁ。行きましょうか」
 バーナビーが言う。一瞬この男の存在を忘れていた。こんなに目立つ男は滅多にいないのに。
「どこ行く?」
「服でも買いましょうか?」
「服?」
「そうです。おじさんの服です」
「いや。俺は別にこの格好のままで……」
 虎徹が明後日の方を向いた。
 バーナビーの狙いがわかった。カリ―ナはにんまり笑った。
「そんなこと言わずに行きましょうよ。楽しいわよ」
「まぁ、おまえらはなぁ……」
「おじさんに会う服コーディネイトしますからね」
「って、おい、バニ―ちゃんまで!」
 バーナビーも嬉しそうだった。

「この服なんてどうですか?」
 白のタキシードにはだけた襟元。コサージュは真っ赤な薔薇。虎徹は居心地が悪そうだった。
「ハンサムってば、ホストじゃないんだから。ねぇ、こっち来てみて」
 今度は水色のカットソーに黒のスラックスだ。
「いつものとどこが違うんですか」
 バーナビーが文句をつける。
 虎徹は、二人の着せ替え人形になった。もうどうなってもいい、という諦めの表情をしていた。
 幾何学模様のサマーセーター、アロハシャツ、とどめは白いレースをあしらったフリルのブラウスで、あまりの似合わなさにカリ―ナは爆笑してしまった。バーナビーも笑いを堪えていた。
 結局、散々虎徹を玩具にした挙句、結論は、
「まぁ、おじさんはいつもの服しか似合いませんね」
 である。
「おまえら……俺で遊んで言うこたそれだけか?」
 虎徹の不平に、カリ―ナは舌を出して答えた。

 似合わない、と言いながらも、バーナビーは虎徹に、彼に着せた服全部を買ってやった。
「ったくおまえら、無駄金使うなよ……」
「全部あなたのですよ。嬉しいでしょう」
「こんなに服いらねぇよ。どうせ似合わねぇし」
 ぶつぶつ文句を言いながら、しかし、返品するとは言わなかった。購入した洋服はたくさんあり、全部虎徹が自分で運んでいた。
「僕からの好意と受け取ってください。それからカリ―ナさんも」
 カリ―ナは可愛らしく、うふ、と笑った。
「わかった……ありがとな」
 一応礼を言う虎徹であった。
「あ、ここのレストラン。ランチがすごーく美味しいのよ―」
「行きましょう、おじさん!」
「あ……ああ」
「どうせ金額はハンサムが全部払うんだから」
「だからと言って、あまり食べ過ぎないようにしないでください。ブタみたいなブルーローズなんて、誰も見たくありませんよ」
「失礼ね! プロポーションには気を使ってるのよ!」
「偽物の胸のくせに?」
「偽物……! 言ったわね!」
「まぁまぁ、二人とも……」
 虎徹が割って入ろうとした。
「おじさんは黙ってて!」
「おじさんは黙っててください!」
「はい……」
 カリ―ナとバーナビーに怒鳴られ、しおしおと大人しくなる虎徹であった。

 窓際の席に座ると、バーナビーはケータイで風景を撮り始めた。
「ちょっと、ハンサム……」
 カリ―ナが注意した時、
「はい。カリ―ナさん、おじさん、笑って」
 カメラを向けられて、反射的にポーズを取ってしまった。
(ふ、不覚……)
 どうせ虎徹を撮る為の作戦だったに違いない。見事に引っ掛かってしまった。
 それでも料理は素晴らしかったので、カリ―ナはすぐに機嫌を直した。現金、とバーナビーは言うかもしれない。
 カリ―ナは、バーナビーが虎徹を好きであることを知っている。
 バーナビーは虎徹の話をする時、目の輝きが増す。
(不毛な恋してるわね、あんた――)
 けれど、それを茶化す気にはなれなかった。自分だって、子持ちのおじさんである虎徹が好きなのだから。
(ハンサムの言う通り、精々振り回してあげましょ。この人たらしのおじさんを)

 食事の後のカラオケは、お決まりのコースである。
 バーナビーは最初は渋っていたが、十曲メドレー続けて終わるまでマイクを離さなかった。それから、『正義の声が聞こえるかい』を虎徹とデュエットで歌う。
 カリ―ナは巷で流れているブルーローズのキャラソング。そして、大石ルミの『It's Just Love』。昔の人気アニメのエンディングテーマだ。
「Just Love! 気に食わないあいつ……」
 カリ―ナの気持ちを知っているバーナビーは、ポーカーフェイスの下にうっすら笑みが浮かぶのを止められないようだった。

「楽しかったー」
 満足げなカリ―ナを見て、虎徹もバーナビーも嬉しそうだった。
 けれど、気になることがあった。
「おじさん、ハンサムと話がしたいんだけど」
 カリ―ナがそう言うと、虎徹はへらりと笑った。何かを勘違いしたらしい。
「どうぞどうぞ、ごゆっくり」
 虎徹の姿が見えなくなると、カリ―ナはバーナビーの腕を引っ張って茂みに連れ込んだ。
「どういうつもり? そりゃ今日は楽しかったけど、あんた私を誘わなくても良かったんじゃない?」
「僕もそう思いました。けれどね――おじさんと二人きりだと僕の理性がもちそうになかったんですよ」
 そう言って相手はアルカイックスマイル。
「それ、何の冗談?」
「冗談などではありませんよ」
 バーナビーはその秀麗な顔を引き締めた。
「僕だって男ですからね――それにしても、今日は貴方を誘ってよかった」
「そ……そんなこと言ったって絆されないわよ」
「もちろん、わかってますよ」
 カリ―ナとバーナビー。世間から見たら、お似合いのカップル(ちょっとカリ―ナの年が若いが)であろう。
 けれど、カリ―ナが好きなのは虎徹で、バーナビーの好きなのも虎徹で……。
 不毛な恋をしているのは自分も同じで、カリ―ナは少し泣きたくなった。
 その時……。
「火事だー!!!」
 そう叫んで一人の男が走ってきた。周りがどよめく。カリ―ナとバーナビーも茂みから顔を出した。
 人々が急いで騒ぎの元へと向かう。虎徹が駆けて行くのが見える。
「行きましょ!」
「そうですね!」
 カリ―ナとバーナビーも後を追った。

 カリ―ナは変身した。歌は上手いがどこにでもいる女子高生カリ―ナ・ライルから、人気女性ヒーロー、ブルーローズへと。

 現場には既にたくさんの人が集まっていた。
「あああああっ!」
 若い女性が泣いている。家に行こうとしては、周りの人に止められていた。
「どうしました?」
「娘が……娘がまだ中に……!」
「わかりました! 助けに行きます」
 言うが早いか、ブルーローズは氷のシールドを張って、燃え盛る家の中に飛び込んだ。
 子供はすぐに見つかった。
 彼女は四歳ぐらいのその女の子を胸に抱きかかえた。
「よしよし、もう大丈夫よ」
 ブルーローズはその子の頭を撫でる。
 真っ黒に焦げた柱が二人に向かって倒れかかった時だった。ワイヤーがその柱を移動させた。虎徹――ワイルドタイガ―だ。
「ブルーローズ!」
「よくやったな!」
 バーナビーとワイルドタイガ―はヒーロースーツを身に纏っている。
「何よ、あんた達……こんなとこまで来ることないじゃない!」
「おじさんがね……放っておけないってさ」
「当たり前だろ! 俺たちゃヒーローだぜ!」
 家の一部が崩壊した音がした。
「行くわよ!」
 ブルーローズが掌をかざして周りを凍らせる。彼女達は無事脱出した。
 彼女は必死でしがみついていた女の子を地面に下ろす。大丈夫、と目で伝えながら。
「はっ!」
 ブルーローズは燃えていた家を一瞬にして氷にした。やんややんやと喝采が上がる。
「あ……メリー!」
「お母さん!」
 母親が娘を抱き締める。
「ブルーローズさんがね、助けてくれたの」
 そして、娘はブルーローズに向き直る。
「ありがとう。ブルーローズさん」
「助かって良かったわね」
 ブルーローズが笑顔になった。
 何気なく後ろに目を遣る。男がにやりと笑っていた。そして静かに現場から離れる。
 その男を見た時、不気味な戦慄がブルーローズの体内を走った。
「あーっ! あいつ怪しいぞ!」
 虎徹は男を指さした。
「何ですか?」
「ほら、あの白い金髪のやせぎすの男!」
「その男なら僕も見ましたが……ただ人相悪いってだけで犯人だと疑うのはどうかと――」
「ボンジュール。ヒーロー」
 毎度お馴染み、アニエスの声だ。
「この男を捕まえてくれる? シュテルンビルトを跋扈する連続放火魔よ。私達が総力をあげて割り出したんだからね」
 現われた画像には、さっきの男の顔があった。
「ビンゴ! どうだバニ―! 俺の勘当たったろ」
 ワイルドタイガ―は何故か得意げだ。
「威張るのは犯人を捕まえてからにしてください」
 バーナビーが冷静につっこむ。
「――あいつを捕まえるのは私に任せて」
 ブルーローズが怒りを露わにして進み出た。
「しかし――」
 何か言い募ろうとするバーナビーを、ワイルドタイガ―は手で制した。
「おまえにはおまえの考えがあるんだろう? ブルーローズ。行って来い!」
 ブルーローズは頷いて男の跡を追った。
 追撃されている――男にもそれがわかったらしい。だっと走り出した。
 ブルーローズは空中に氷の道を作り、高台に上った。
「――ひっ!」
 犯人は情けない声を出した。
「あなたは許さない……」
 ブルーローズは低い声で呟いた。そして、フリージング・リキッド・ガンを取り出す。
「私の氷はちょっぴりコールド。あなたの悪事を完全ホールド!」
 ブルーローズは決め台詞を言ってポーズをとると、フリージング・リキッド・ガンで男を氷漬けにする。
 ヒーローTVの飛行船が彼女に向かってゆっくりとたゆたっている。
 この様子は全国のテレビで流れていることだろう。

 男は捕まった。家が燃えるのを見ると、いらいらが消えたので、ある種の中毒状態になってしまったらしい。
「全く、放火なんてもっての他よねー。炎を自分勝手な悪いことに使うなんて許せないわ!」
「そうよね、ファイヤーエンブレム」
 ファイヤーエンブレムの言葉に、ブルーローズは同意する。炎は人間を幸せにする為に使うもの。氷もそうだ。
 同じ志を持った者同士、ファイアーエンブレムことネイサン・シーモアとブルーローズは仲が良い。
「おじさん、どうしてあそこで止めたんですか?」
 後方からバーナビーの声が聴こえる。虎徹が答えた。
「そりゃおまえ……あの犯人の扱うちんけな炎が氷に敵うわけねぇだろ。それに――」
「それに?」
「ブルーローズの目が本気だったからな」
「――まぁ、ブルーローズが本当の危機に陥った時の為に後をつけていたのはおじさんらしいですが」
「そりゃぁ……おまえも一緒だろ。でも! あいつが勝つことはわかってたけどな」
 バーナビーと虎徹のやり取りに、少々ズレているけど二人が自分のことを心配してくれていたのだと、ブルーローズはちょっぴり嬉しくなって――振り向きざまウインクした。

後書き
いろいろおかしなところがあるかと思いますが、御容赦ください。
2011.9.18

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