アレックスさんが秋田に来ました

「――ここが、タツヤが住んでいる秋田か」
 見慣れない金髪美女に、街の人達は目引き袖引き。
「おーう、秋田、美人が多いね。ハロー」
 セーラー服の女子学生がびくっとしたようだった。そして、一旦その場から逃げ去る。
(ジャパニーズ女子高生、とてもシャイね)
 アレックスが笑う。女子学生が物陰から見つめながら友達と話している。
「何なの、あの人」
「すっごくスタイルいいよね」
「おまけに眼鏡かけてても美人だし――いいなぁ」
 女子高生達の話題にされてもアレックスは気にも留めず(というかよく聞こえなかった)、辺りを見回す。
(タツヤの通っている陽泉高校はこの辺だったかな)
 一応、この間電話で確認したのだ。
 アレックスの目に、さっきの女子高生が飛び込んで来た。
「Hey!」
「わっ、こっち来る!」
「どうしよう、英語苦手!」
 女子高生が口々に言い合っていると――。
「君達、タツヤ、どこにいるか知らないか?」
「に……日本語……」
「おう、日本語は得意だぞ。この辺にタツヤはいるか? ファミリーネームはヒムロなんだけど」
「ヒムロ……?」
「もしかして氷室先輩のことじゃ……」
「タツヤのこと知ってんのか? アンタ」
「ていうか私達が訊きたいんですけど」
「氷室先輩なら有名人ですよ。――先輩のお知り合いですか?」
「おう、師匠だ」
 アレックスが豊かな胸を反らす。
「今日はタツヤに会いにやってきたんだぞ」
「じゃあ、私達と一緒に来ませんか? 同じ学校だし」
「頼む。いやぁ、シャイガールとばかり思っていたけど、いいとこあるじゃないか」
「えへへ……」
 アレックスを連れて秋田美人の女子高生達は自分達の学校へと歩いて行った。

「氷室先輩はバスケ部の主将なんですよ」
「さすがだな、タツヤ。私の教え子なだけのことはある」
 歩いているうちにアレックスは女子高生達と距離を縮めていた。尤も、女子高生達は敬語を崩していないし、さすがのアレックスも彼女達にキスを迫るほどフランクにはいかなかったが。
(日本人にはシャイが多いからな)
「そういえば、氷室先輩、子供の頃アメリカにいたことあるんだって聞いてましたけど」
「ああ、その時知り合った」
 金髪に豊満な胸。外見に似合わぬぞんざいな言葉遣いも、アレックスにかかれば立派な魅力になる。
 女子高生達は、「ほう……」と溜息をついていた。
「ん? どうした?」
「え、えと……」
「お名前何て言うんですか?」
 女子高生三人の中では比較的積極的な子が訊いてきた。
「ん? 名前か? アレックスだ。本名アレクサンドラ=ガルシア。よろしくな!」

 体育館に近付くと、バッシュのスキール音がここまで聞こえて来るような気がする。
「じゃ、私達はこの辺で」
「おー、世話になったな」
「あ、最後に写真撮りませんか?」
「ああ、お安い御用だ」
「あ、田西くーん。このスマホで写真撮ってー」
 通りかかった少年田西はなかなかハンサムであった。
「わかったっぺ――それにしても、めんこいつか、美人なおなごだべな」
 少年は整った顔立ちでも訛りがある。それが好きという女の子達にはさぞかしモテるだろう。
「アレックスさんて言うんだよ」
「よし、名カメラマン田西の腕、見せてやるっぺや」
 パシャッ。
「わお、キレイに撮れてるね」
 アレックスが歓声を上げた。アレックスと仲良くなった女子の一人――りんもこう言った。
「ほんとキレイ。ありがとね、田西」
「いやぁ~」
「アレックスさんもありがとうございましたー」
 三人が声を揃えて礼を言い、お辞儀をする。
「こちらこそ、サンキュな」
「写真送るんで、メアド教えてください」
「わかった。リン、ナズナ、ハナコ。――タニシとやらもどうもありがとな」
「いやいや」
 アレックスが礼を言うと少年はやに下がる。やがて少年は帰って行った。
 秋田はいい人ばかりだな――アレックスはメアドを交換した女子高生達と別れた後、体育館に入って行った。
「おお、やってるやってる。おーい、タツヤー!!」
「アレックス……」
 氷室辰也はボールを取り落した。バスケ部の部員達はどっと笑った。
「おー、何だよ、キャプテン!」
「えれー美人だな。主将のなんなんだよ」
「師匠!」
「…………え?」
 氷室はアレックスの元へ駆けて行く。
「おう、タツヤ。驚いたか」
「うん……ちょっとね。秋田にようこそ、アレックス」
「そうだ、秋田の人、いい人ばかりだな」
「それは嬉しいな」
「室ち~ん」
 間延びした声が響く。二メートルぐらい超す高身長と紫色の髪が印象的な男だ。気だるげにお菓子を頬張っている。
「紫原……」
 アレックスが呟く。
「ん? アンタ誰?」
「WCで見てたぞ。お前のこと。キセキの世代のアツシ・ムラサキバラ」
「あー、そっか。アンタあん時の。室ちんにキスしようとしてた人だよね」
「そんな昔のこと、よく覚えてたな」
「――お菓子食べる?」
「わお! いいとこあんじゃん。いただくいただくっ!」
 アレックスはお菓子で大いにはしゃぐ。
「アレックス! アツシもそんな場合じゃないだろ!」
「えー、室ちん頭固い~」
「室ちんのケチ~」
「アレックス、君まで室ちんと呼ばないで!」
 しかし、アレックスは聞いていない。
「じゃ、せっかくだからおよばれにあずかるぞ」
「おー、室ちんと違ってアンタ話わかるじゃ~ん。はい」
「どうも……お、これなかなかイケるな」
「ガイジンさんにもわかるんだ~。これ、オレの一番のお気に入り」
「あ、お気に入りだったのか。そんな大事なモンくれて良かったのか? 太っ腹だな」
「どういたしまして~。別に腹は太くないんだけど~」
 アレックスと紫原はゆるゆるトークを繰り広げている。
「アレックス、何しに来たんだい?」
 平常心を取り戻したらしい氷室が訊いた。
「ん。愛しの教え子に会いにだぞ。今バスケしてんのか? 見てていいか? 邪魔しないから」
「……いいけど」
「キャプテン~。オレ達あんな美女に見られてると思うとガチガチに緊張して上手くプレイできません~」
「そんなことで緊張するんじゃない! アツシを見習うんだ!」
「紫原を……?」
 部員達は一斉に紫原を見た。そして泣いた。
「オレ達、あんなゆるゆるになれません~」
 監督の荒木雅子もなかなかの美人だが、彼らは監督には慣れていた。それに、荒木監督はちょっとしたことで竹刀を振り回すので部員達も女だとは見做していなかった。
「仕方ないな。でも、アレックスはロサンゼルスからはるばる来たんだぞ。――アレックス、ちょっとプレイ見せてやってくれ」
「OK!」
 バスケットボールを手にすると――彼女は人が変わった。
 棒立ちに突っ立って目を瞠っている部員達の間を一瞬ですり抜けて、アレックスはゴールにシュートする。
「うわっ! すごっ!」
「さすが本場仕込みだぁ。氷室の師匠なだけのことはあるな」
「これでも本気じゃないんだけどな……本気の十分の一ぐらい?」
 アレックスがそう言った時、どん、と竹刀の先が床に叩きつけられた音がした。
「アレックス」
 彼女のプレイを見ていた荒木雅子がドスの効いた声で言った。
「今日は私の代わりにこいつらの面倒を見てくれるか」
「おう、任せとけ!」
「うわ~い! 良かった~!」
「教えてくれるのなら大歓迎です~。宜しくお願いしま~す。アレックスさ~ん」
 男子どもはデレデレ。
「いいけど――私のレッスンは厳しいぞ」
「はい~」
「……君達、覚悟しといた方がいいよ。アレックスは伊達や酔狂でそう言ってるわけじゃないんだから」
 氷室の言葉が部員達にも身に染みてわかるのはもうじきであった――。

後書き
ずっと前に書いたアレックスさん秋田行のお話です。
何故か今まで発表する機会がありませんでした。
氷室も出て来るし、なかなかのお気に入りのお話ですが。
2015.8.25

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