赤司様と荻原クン

 空港――。
 今日、オレはアメリカに向けて出発する。初めて海外行くなぁ……ドキドキ。
「よっ」
「青峰!」
「シゲ――見送りに来てやったぜ」
 オレは荻原シゲヒロ。青峰大輝はオレの友達だ。
 バスケの試合でケチのついたこともあったけど、キセキのヤツらは本当はいいヤツらだった。
 特に、青峰とは気が合った。似た者同士なんだろうか。黒子が言っていた通り。
 そうそう。黒子からも、スマホにメールが来た。
『アメリカでもがんばってください。応援してます。またバスケやりましょうね』
 たったこれだけでも、オレには嬉しかった。火神からも同様のメールが来た。
 オレ達は結局――バスケ馬鹿なんだよなぁ。
「大輝」
 涼やかな声が聞こえた。まさか――。
「やぁ。荻原シゲヒロ君。久しぶりだね」
 赤い髪に赤と金色のオッドアイ。赤司――赤司征十郎じゃないか! 赤司は中学時代から有名だったし、ちょっと話もしたことあるから、よく覚えている。
「んだぁ、赤司も来てたのかよ」
 口をへの字に曲げて青峰が言う。
「お前、京都じゃなかったのかよ」
「久しぶりに光樹に会いたくなってね。ついでにシゲヒロのアメリカ行きを見送ろうと思って」
 オレはついでか。――まぁいいや。
「大輝。シゲヒロと話がある。席を外してくれないか?」
「やだね。お前がどっか行けよ」
「仕方ない。いいね。シゲヒロ」
 いつの間にか下の名前を呼び捨てされていたが、それがちっとも不自然じゃない。中学の試合の時は敵だと思っていたから認めたくなかったんだけど――こいつ、すごいオーラがある。中学の時よりもすごい。
 オレと赤司はロビーの空いている辺りに来た。赤司が口を開いた。
「シゲヒロ。君は僕に、バスケしてて楽しいか? そう聞いたことがあったね」
「あ、ああ……」
「――真太郎から大体のことは聞き及んでいる。僕達のプレイのせいで、バスケを辞めたんだそうだね」
「ああ。でも、緑間が――」
 そうだ。緑間がオレとキセキ達を結ぶきっかけとなった。そして、黒子。ずっと友達だと思っている。今もなお。
 あいつの目には――暖かさがあった。黒子が緑間を、キセキの奴らを変えたのだと信じている。
「真太郎か。あれも正義感が強い男だからな。君はテツヤともいい関係を築いているのだろう?」
「ああ。黒子とはしばらく会ってなかったけど、会ったら昔のこと思い出したよ」
「昔のこと?」
「うん、バスケが楽しくて楽しくて仕方なかった昔のこと」
 でも、アンタにはわかんないかもしんないけどな。心の中で思った。
「そうか。良かった」
 赤司の表情が和らいだ。それから――。
「今更遅いかもしれないが、あの時――全中の試合の時は済まなかった」
 赤司が頭を下げた。
 あの時――オレの心の中に未だにしこりとなって残っているあの試合。キセキのヤツらがいくらいいヤツだったとしても、忘れることのできない屈辱。――オレ達は、あいつらに玩具にされたんだ、と思っていた。
 オレ達明洸中のチームは赤司率いる帝光中のチームに111対11で負けた。負けたのは仕方がない。だが、スコアの数字を1で揃えるという――ただそれだけの。それだけの為にキセキのヤツらはゲームを進めていたのだ。自殺点まで入れて。
「君が――許してくれなくとも、それは仕方のないことだと思っている。それだけのことを、僕はした」
「赤司……」
「あのお遊びに乗ったのは僕だ」
「はぁ……」
「さぞかし君達は憤懣やるかたなかっただろうね」
「ああ。オレのチームメイト達はバスケに対して冷めたよ。なんかこう――熱くなれなくなったんだよ。オレも。最近になってまた、バスケ熱が再燃したけど」
 それは、黒子や青峰達のおかげだ。
 赤司が儚げな笑みを浮かべる。何か、こう、見ていてこちらも胸がぎゅっと詰まるようなかなしい笑みだ。こいつも可哀想なヤツなのかもしれない。不意に、そう思った。昔話としての青峰の苦悩を聞いたことがあるせいだろうか。
「あの時は、全力を出さずに――申し訳なかったね。君のチームメイトに対しても」
「いや……」
「僕は、僕達がお遊びで戦ってきた相手のチームの人全てに謝らなければならないのかもしれない。――まずは君からだ。シゲヒロ」
「赤司……」
 オレは、ぐっと来た。赤司が、本気で謝っている。
「言いたいことはわかる気がする。……でも、どうしてオレなんだ?」
「全力を出している相手に、全力で応えないのは罪だからだよ」
「罪――?」
「ああ」
 赤司のオッドアイがきらりと光った。
「僕は敗北を知らなかった。誠凛――テツヤのいたチームと戦って負けて……そこで、初めて、敗北を知った。だが、悔いはない。彼らは僕達と――大袈裟に言うならバスケを通していのちのやり取りをしてたんだ。初めての充足感だったよ」
 テツヤとは黒子のことだ。オレは真剣に聞いた。
「君もきっと、僕達相手にそんな試合をしたかったんじゃないかな」
「ああ。その通りだよ」
 オレは頷いた。
「僕は、あの試合の前、本気で戦うことをテツヤと約束していた。結局その約束を破ってしまったわけだけどね。あの試合にテツヤが出ていたなら、また違っていたかもしれないが――今更言っても詮無いことだね」
 オレは――少しずつ、赤司への恨みが淡雪のように溶けていくのがわかった。そりゃ、悔しかったけど、忘れようとしても忘れられない悪夢のような試合だったけど――。
「赤司」
「何だい?」
「オレ、バスケやってて良かったよ。そりゃ、バスケを離れた時期もあったけど、それも良かったんだ。全てなるようになって――良かったんだ」
「シゲヒロ――」
 赤司は今度はうれしそうに、ふっ、と笑った。
「僕も、バスケを続けてて良かった。光樹にも会えたしね」
「光樹、というのは友達か?」
「恋人だ」
「ええっ?!」
 だって光樹って名前――男だろ?!
「まぁ、尤も、彼の方は本当にそう思っているかどうかはわからないが」
「赤司って……そっちの人だったのか?」
「誤解しないでくれ。オレは別に男が好きというわけじゃない。光樹だから好きになったんだ」
「光樹ってあの……」
「誠凛の選手だ。対戦した時は、弱過ぎてどうしようと思ったものだがなかなかどうして」
「はぁ……」
「君もがんばってくれ。今度帰ってきた時は対戦しよう。1on1で」
「でも、オレ、赤司には歯が立たねぇと思うな」
「君はバスケが好きなんだろう? 一生懸命戦おうじゃないか。今度は本気で」
「お――おう!」
 やっべー! 楽しみ過ぎる!
 元帝光中のキャプテンに対戦申し込まれたんだぜ。ま、ボロボロに負けるのは目に見えてるけどさ。
 それでも、青春を燃焼できるなら――。オレは、それでいい。
「ありがとな……赤司!」
「再戦の日を楽しみにしているよ」
 そう言って赤司はくるりと踵を返した。その後ろ姿さえ、カッコイイ。
 あの試合のことは忘れることができないけれど――今日赤司と話したことで、心の痛みも和らいできたことも事実だ。いつか、何の苦味もなく思い出せる日も来るだろうか。
「シゲ――おい、シゲ」
 いつの間にか来ていた青峰が呼んでいる。
「さっさとしねーと。飛行機飛んじゃうぜ」
「ああ、そうだな」
「――がんばれよ」
 青峰がぽんぽんと肩を叩いた。キセキのヤツらも黒子も、みんな一風変わっているが、それが魅力というものなんだろう。弾む期待を胸に、オレは飛行機に乗り込んだ。

後書き
赤司は素直に相手に謝るかなーと思ったんですが、荻原君にはどうしても謝って欲しくって。
俺司はよくわからないので僕司です。
赤降要素もちょっとあります。
2014.9.16

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