赤音氏にっし

「さとしさん、この後お時間ありますか?」
 私は橘さとしさんに訊く。
 さとしさんはオタクビジネスプロデューサー。勧めたのは一応私ってことになってんだけど……。
 さとしさんはこの仕事を始めた数年前よりかっこよくなってる!
 彼のプロデュースでプロになった人もいっぱいいるんだ……。彼の才能は並じゃない。さすが、人気絵師橘ことえのお兄さんだけのことはある。
 でも、私は一人の女として彼に惹かれていた訳で……。
「何でしょう、赤音さん」
 赤音というのは私のPN。田中赤音という名前でイラストレーターの仕事してるの。
 私達の仲はなかなか進展しなくて、どうも敬語で喋った方がしっくり行く。まぁ、さとしさんも私の気持ち、まだ知ってはいないと思うんだけど……。
 だから、今日、話す。
「オレ、今から合コンなんだけど……」
 合コン?
 私は目が点になった。
 私には決して縁のなかったあの合コン? さとしさんが出るの? さとしさん、モテモテで困ったことにならない?
 ――さとしさんを渡してたまるものか!
「じゃあ私も……参加していいですか?!」
 随分無茶な願いだったかもしれない。さとしさんが他の女と仲よくするの見て嫉妬心が湧くだけかもしれない。
 けれど……きっかけが欲しかった……。
「済みません。今日は声優オンリーの合コンなんで……」
「あ、私、声優目指してたことあります。これでも」
 なだめすかして、ようやく私は合コンの飛び入り参加をすることが決まった。本当はやっちゃいけないんだろうけどね、こういうこと。
 私の会った声優の卵達はみんな可愛かった。
 男性三人。女性は――四人。
「みんな可愛いじゃん、ラッキー」
「つか、女性一人余るよ」
「男が余るよりいいじゃん」
 聞こえてるんですけど、男性諸君。
「橘さんて、敏腕プロデューサーなんですよね」
『犬』の声を担当している鍋島さんが言う。
「あはは。君、結構イケてるから今にビッグになると思うよ」
 さとしさんが喋る。む~。面白くない。
「妹の『kotoe』さんのこともプロデュースしたんですよね。あの人気イラストレーターの。私のこともプロデュースしてくださーい」
『風』の声を担当している宮沢さんが言う。
 い、言わなきゃ……私の想い……。心臓が煩いくらいドキドキと鳴っているんだけど……。
「さとしさん……あの……」
 私は口を開いた。
「ん?」
「私の人生も――プロデュ―スしてください!」
 言えた!
 ちょっと回りくどい言い方になってしまったけど……。
「ええっ?! もしかして田中さんと橘ってそういう関係?!」
 察しが良かったのは工藤君。
「あ……私の片想いなんですが――」
「えーーーーーー!!!!!!!」
 みんな、私を置いて勝手に盛り上がり始めた。
「橘さんと田中さんなら、お似合いのカップルになりますね!」
「ちょっと、仰天告白仰天告白! 何だよぉ、橘のヤツ、彼女いねぇって言ってたのに、こんな可愛い娘に好かれてたなんて……」
「そんな……ちょっと待って……」
 さとしさんも慌てている。
「こうなったら合コン改め橘の婚約祝いだー!」
「あれ、なかったっけ? 結婚式に歌うヤツ!」
「長渕剛のだろ? あれ、入れようぜ!」
「私達も歌いますー」
「一応声優なんで……」
 長渕剛の『しあわせになろうよ』が響き渡る。昔の歌声喫茶ってこんな感じ? 私はまだ子供――ううん。生まれてさえいなかったけど……。
 拍手の中で、さとしさんがこう呟くのが聴こえた。
「何かとんでもねぇことになったな……」
 済みません済みません、さとしさん。私のせいで……。
「――合コン、突然来た上に滅茶苦茶にしてしまい、申し訳ありません!」
 私はみんなに謝った。
「いいよー、オレ、橘が幸せになった方がいいし」
「私も私もー」
「貴重な席に呼んでくださり、ありがとうございます……」
 みんな……。
 じわりと涙が滲む。
 私は眼鏡を外して目元を拭いた。
 すると――あれ? さとしさんが奇妙な顔でこっちを見てる。
「赤音さん……赤音さんて、可愛かったんですね」
 ええっ?! 何?! この夢みたいな展開は――!
「何だよ。今頃気付いたのかよ。俺は最初から気付いてたぜ。田中さんが眼鏡外せば可愛いってことに。俺、田中さん狙いだったのによー」
「工藤は眼鏡っ娘マニアだもんな」
「うっせ!」
「いや、ほんと、赤音さん、俺の妹より可愛いと思う……」
 ことえさんとは仕事で何度か会ったことがある。彼女のことはごく若い頃から知ってるの。とっても可愛い娘さんで。
 私、あんなに可愛くないんだけど……。
「お二人の馴れ初めはいつ?」
 すっかりインタビューアーと化した工藤君。
「あの……コミケで熱く語る橘さんを見たのがきっかけです……」
 あんな熱い思いに触れたことはなかった。ただのルーティンワークと化していた仕事が楽しくなった。
「後……これはちょっと自分でもヤバイかな、と思ったんですけど……さとしさんを人気絵師『kotoe』さんと勘違いしてまして――私、東京駅に行ったんです。さとしさんに会いに。そしたら、さとしさんが泣いていて――」
「へぇ、橘泣いたんだぁ」
「男の人の涙って初めてだったから――きっと創作意欲に突き動かされて泣いたんだと――」
「『涙の創作演舞』――」
 さとしさんがぽつんと言った。
「あれ、オレだったんですか? 赤音さん!」
 見ててくれてた! 随分課金しないとゲットできないカードだったのに!
「はい!」
「何だよもうー! 俺、家族に自慢したんですよ! これ、俺のことだって。ことえもお袋も信じなかったみたいだけど。やっぱり俺だったんスね!」
「ええ……あなたのおかげで、私、絵を描く楽しさを再発見しましたから」
 ――私のこと、もう既にプロデュースしてたのよね。さとしさんは。
「だから、俺にプロデューサーの仕事を?」
「はい! さとしさんにならぴったりだと思って」
「赤音さん……俺も、夢に一歩でも近づけたの、あなたのおかげです」
「ひゅー♪ あついあつい」
「カップルが生まれた瞬間に立ち会うなんて初めてだよ……」
「感激です~」
 鍋島さんがもらい泣き。
「もう一度歌おうぜ」
「そうだな。はい。赤音さんも」
 さとしさんがマイクを渡す。みんなで肩を組んでもう一度『しあわせになろうよ』を歌った。

後書き
桜乃みか先生の神えしにっしに出てくる田中赤音さんの視点の話。
赤音さんは好きなキャラですので、是非とも幸せになって欲しかったのです。
さとしと赤音さんがどうなったのか、本編では書かれていなかったので、ちょっと書いてみました。
2016.9.15

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