愛は時を超えて2 アーサーは、明らかに目にして欲しくないところを見られたようであった。 「じろじろ見んなよ。バーカ」 小さい頃から、口の悪さは健在だ。それは主にフランシスに向けられていたのだが。アルフレッドが成長してからは、彼に対しても。 アーサーは、泣きたいような、照れくさがってるような一種形容しがたい顔をしていた。 「どうしたんだい?」 アルフレッドが近付いて、アーサーの頬をそっと撫でる。――アーサーは拒まなかった。 「フランシスが――俺のことだましやがったんだよ……せっかく髪伸ばしたのによぉ」 「君がかい?」 アルフレッドは、思わずふき出しそうになった。 アーサーは機嫌を悪くしたらしく、ぷいと後ろを向いた。 「君はそのまんまでもいいんじゃないかなぁ」 「フランシスにも言われたよ」 アーサーが振り向いた。エメラルドグリーンの目が、涙で潤んでいる。 (――ヤバい……可愛い!) 「せっかく世界のサラサラになれると思ってたのによぉ……」 「世界のサラサラ?」 「それなのに、フランシスの野郎、俺にはこの髪型の方がいいって……」 フランシスもたまには正しいことを言うじゃないか! このまとまりのない髪が、アーサーのトレードマークの一つなんだから。 そして、太い眉毛も、神秘的な緑の目も、たましいの色もかたちもにおいも全て―― (愛しい) 長髪のアーサーというのも見てみたかったけれども―― 「垢抜けないかなぁと思って長くしてみたんだけど、これじゃ元通りだよ……」 アーサーが呟く。 「いいじゃないか。俺は、可愛いと思うよ」 「ほんとか?」 「ほんとほんと。ねぇ――もっとよく顔を見せてよ」 「――こうか?」 アーサーがアルフレッドの息がかかるくらいの位置に近づく。 いくら何でも、アルフレッドに幼児趣味はない。 けれど――これぐらいだったら許されるんじゃないだろうか。 アルフレッドは、ちゅっと音を立てて、アーサーの唇を奪った。 アーサーは相手をビンタすると、真っ赤になって逃げ出した。 「何すんだ! この変態!」 平手打ちされた上に、変態呼ばわりされたアルフレッドは、内心穏やかではない。 「『何すんだ』はこっちの台詞だよ!」 「だってなぁ、唇のキスは――恋人のキスなんだぞ」 木陰から顔を覗かせたアーサーが叫んだ。 ちびの頃から、そういう知識はあるのか。 さすが真面目な会議でも、エロ本持ってくるようになるだけのことはある。 「どうせフランシスともしてるんだろ?」 アルフレッドが意地悪く、だが少々嫉妬に駆られながら訊いた。 「してねぇよ!」 ということは――もしかして、今のが、アーサーにとってのファーストキス? 頭の中で、鐘がリーンゴーンと鳴った。 怒りも忘れて、アルフレッドは舞い上がった。 神様、菊様、タイムマシンの開発者様、どうもありがとう! 「でも、俺は君の恋人になる予定なんだぞ!」 アルフレッドが大声で宣言した。 「嘘つけ! おまえ男じゃねぇか! 俺は恋人にするんだったら可愛い女の子がいい!」 「君は女の子に相手にされなかったから俺が拾ってやったんだぞ」 事実は違う。男女入り乱れての混戦から、アルフレッドがアーサーを獲得したのだ。 アーサーは、隠れていた木の後ろから出てきて、アルフレッドに近付く。 それから、相手の頭のてっぺんから足の先までじろじろ見回すと、 「――まぁ、合格点かな」 と、ぼそりと言った。 アルフレッドは首を傾げた。 「ん」 アーサーが小さな手を差し出した。このようなコールサインを見逃すアルフレッドではない。 「はい」 アルフレッドがその手を取る。二人は、互いの手をきゅっと握った。 「おまえ、――名は何て言うんだ?」 アーサーが尋ねる。 「俺、俺は――」 (あ、そか。名乗っちゃいけないんだった) 「正義の味方のヒーローさ☆」 語尾を明るく言い、少年に向かってウィンクした。 「うさん臭ッ」 そう言いながらもアーサーは、アルフレッドの手を離さなかった。 (アーサーの手、小さいな) もしかして、昔のアーサーも、そんなことを思っていたのだろうか。小さかった己に向かって。 (今だったら、アーサーの気持ちがわかる気がするぞ) アーサーも、こんな風に世話してくれたっけ。あの時は、彼の方が己より大きかったが。 子供って、やっぱり可愛いものなんだな。 こんな風に、守ってやりたかった。ずっと、ずっと――。 (アーサー、俺が兄だったらよかったね) アーサーは本当の兄とは仲が悪かったらしい。だから、フランシスではなく、自分が彼の兄の代わりになりたかった。 兄兼恋人……随分美味しい役回りなんだぞ、と、アルフレッドはこっそり思った。 しかし、そんな夢は、一日しか叶えられない。 一日でもいい。この子と一緒に過ごせるなら。 「――おい」 「何だい?」 「……雪投げ、やんないか?」 「いいとも!」 アーサーとアルフレッドは、遊びにうち興じた。 二人は、雪にまみれながら、大いに笑った。 「行くぞー」 「どっからでもかかって来なさい!」 二人とも、一生懸命雪の玉のストックを作っている。結晶の見えそうな、降ってからまだそんなに時間の経っていない雪をぎゅっぎゅっと握ってボール状にする。 アルフレッドは手加減したが、アーサーは本気で攻撃してくる。 ぶつかった雪玉は冷たい。雪というより、氷だ。 当たったところが痛くてじんじんする。頬も冷えてきてなんだかちくちくしている。さぞかし赤くなっていることだろう。 服も湿ってくる。霧のせいでもある。吐息も白い。耳もちぎれそうになる。肺が冷たい空気でいっぱいになってしまいそうだ。 フライトジャケットは分厚いが、それでも寒気を感じてぞくぞくっとした。外気の温度の低さも手伝って、じっとしているとだんだん凍えてくるようだ。 だが、アルフレッドは楽しんでいた。 アーサーとこんな風に遊ぶことができるのなら、多少のことは我慢できる。アルフレッドも体が丈夫な上に、割と鍛えられている。 それに、動いていれば、寒さも満更わるいものではない。どころか、体が火照ってくる。 彼らの勝負は互角に終わった。もちろん、アルフレッドは本気を出していない。 「――なぁ」 邸に帰る途中、アーサーが訊いてきた。 「おまえのこと、何て呼べばいい?」 「――アルと」 「わかった。アル」 これは名乗ったうちに入らないよな――愛称だし。 アルバートとか、アルフォンスとか言う名前もあるのだから。 「俺は――アーサーだからな」 「うん」 うん――よっく知ってるよ。 二人は、また手を繋ぎながら、カークランド邸に入って行った。 「お帰りなさいませ。坊ちゃま。そちらのお方は?」 執事の質問に、 「うん、アルだ。俺の――友達」 友達かぁ――本当は恋人って言って欲しかったけど。 「どうぞ、アル様」 執事は二人を大広間へと誘った。 「まぁ、アーサー坊ちゃま。どうなさったのです? そちらのお兄様は」 「ん。アルだ」 メイドの質問に、アーサーは無愛想に答える。 「俺、部屋に行ってるから」 「俺も連れてってくれるのかい?」 「――しょうがねぇからなぁ」 アルフレッドの申し出にアーサーは、表面上は仕方なさそうに答える。 「ホットミルク、持ってきましたよ」 さっきのメイドが、湯気を立てたミルクを二人分、トレイに乗せてやってきた。 「ありがとう」 「サンキューなんだぞ」 彼らがミルクを啜っているところを、メイドはにこにこしながら見守っている。 「アーサー様がフランシス様以外のお友達を呼んでくるなんて初めてですねぇ」 「余計なこと言うなよ。メアリアン。あっちに行っててくれ」 「はいはい、わかりました」 メアリアンと呼ばれたメイドは退出した。 「あれが――俺の初恋の相手」 「へぇ……」 こんなところにライバルが。だが、あの女性は人間だ。アルフレッドの時代には、とうに亡くなっている。 飲み終わったカップはトレイに二人分。 「今度は何しようか」 「――本、読んでくれるか?」 それは、イギリスに古くから伝わる童話集だった。アルフレッドの知らない本だ。 ユニコーンとかドワーフとかがいっぱい出てくるもののようだ。 「じゃあ、読むよ」 アルフレッドが、低く甘い声で朗読する。 だが、アーサーは疲れていたのか、眠りに落ちていた。 それに気付いたアルフレッドが、アーサーの額にキスをした。――そして、彼も寝てしまった。 「――アルフレッド君」 「んあ?」 アルフレッドは、愛用の眼鏡、『テキサス』を外して、目をこすった。 三人の人物がいる。真ん中にいるのはグンマ博士。後の二人は、何やらただ者でなさそうな、黒服の男達だった。シークレットサービスに似ている。 「な……何だい? まだ24時間は経ってないはずだろう?」 「それがね……タイムマシンの電気系統がショートしててね。それは応急処置したんだけど、やっぱりちゃんと直さなきゃダメみたい」 「う……後ろの人達は?」 「ああ。タイムパトロールの人達だよ。彼らにはずいぶん助けてもらったよ」 「それで?」 「ああ。時間までには間があるけど、君を現代に返すことになったから」 「返すことになったって、そんな勝手な!」 「ごめんね。でも、マシンを直す手間を考えると、どうしてもタイムリミットまでには無理だから。――この埋め合わせはきっとするよ。もし君が望めばね」 「――わかったぞ」 アルフレッドはベッドから立ち上がった。 (バイバイ。小さなアーサー) 心の中で、別れを告げた。寝かせておいてあげよう。起こすこともできただろうが、そうしたら未練が残るから。 「君はいい男だね。アルフレッド君」 「――自覚してるよ」 「それじゃ、君、お願い」 「はい」 グンマに言われ、黒服の男が頷くと、彼らは一瞬のうちに、マシンの近くに移動していた。 「へぇー。テレポーテーションもできるんだ」 「はい」 妙なところで感心しているアルフレッドに、生真面目に返事をしている黒服の男。 「一回動かすぐらいなら、異状は出ないと思うから。それから――」 本当にごめん、とグンマに謝られ、かえってこっちが恐縮してしまった。 グンマと一緒にマシンに乗り込み、シートベルトをする。 「今回は僕が設定するから」 グンマが年代と場所と時間をセットし、運転席のアルフレッドがギアを動かすと、マシンが作動する。間もなく、光の洪水がやってきた。 慣れたのか、悲鳴をあげることもなかった。 「おやおや。またここに来たのですか。それはともかく――あれから結構経ちましたよ」 帰って来たのは懐かしい菊の家。 菊はのんびりお茶を楽しんでいた。 「菊ちゃん。やっぱりあのマシンには負荷がかかり過ぎたみたい。帰る時間がズレちゃった」 「どうせそんなことじゃないかと思っていました」 菊が、当然というように答える。 「よく無事で現代に帰って来られましたね。――それから、アルフレッドさん、アーサーさんから、何度も電話がかかって来ましたよ」 「ほんとかい? 菊」 アルフレッドがマシンから姿を現した。 「ええ。それはもう、うるさいくらい」 菊がにっこりと笑った。この青年みたいな老人は、笑うとますます幼く見える。 電話が鳴った。 「あ、来ましたよ」 菊が言うが早いか、アルフレッドは電話に急いで出た。 「ハロー、アーサー」 「――よく俺からだとわかったな」 「勘、かな」 本当は菊の言葉のおかげで見当がついたのだが、この素直でない自称紳士には言わないでおこう。 「そうか。まぁいいや。――心配したんだぞ」 「ごめん」 「――なんだよ。いやに素直じゃないか」 「だって、君の気持ちもわかったからね」 「そうか……」 しばらく――沈黙。 「俺な、昔のことを思い出してたんだ。おまえが生まれるずっと前の」 アーサーが懐かしむような口調になった。 「おまえのように変な奴だったなぁ……何したかは覚えてないけど」 俺は覚えてるよ。アーサー。 もう、タイムマシンの力は必要ない。 子供の頃のアーサーには会えたし――今のアーサー相手じゃないと、できないことがあるから。 もし今度タイムマシンを必要とすることがあったら――今度は、本当に、それこそ本当に必要な時に……。たとえば、アーサーがピンチの時とか……。 その時は、自分でマシンを開発しよう。 「ねぇ、アーサー。また君の家に遊びに行ってもいいかい?」 「ん……まぁ、暴れなきゃな」 アルフレッドは苦笑した。 「フランシスはいるかい?」 「あいつなら、とっくに帰ったぞ」 「今から行ってもいい?」 「ああ。スコーン焼いて待ってる」 「あの不味いスコーンかい?」 「不味くて悪かったな」 「ま、いいや。じゃ、待っててね」 アルフレッドは電話を切った。 「ありがとう。グンマ博士。ありがとう。菊」 「役に立てて嬉しいよ。さてと、これから修理しなくちゃね。菊ちゃんも手伝ってくれる?」 「嫌です」 菊は無碍に断った。 じっとしきれなくなったアルフレッドは、さよならを言うのもそこそこに、菊の家を出て行った。 (アーサー、アーサー、会いたい、会いたい) 自分の愛車『カリフォルニア』を運転しながら、アルフレッドは思った。 愛は時を超えて。 それを実際に体験することができた自分はなんて幸せなのだろうと、仲間達や、この世を統べる何者かに、感謝の礼を述べたくなった。その何者かとは、或いは宇宙人かも知れない……アルフレッドにとっては。 そして――もちろん、アーサーに。 (心の中で、何度も君にキスを贈ろう。この現実でも? チャンスがあればね) 「これで良かったんだよね。菊ちゃん」 機械をいじくりながら、グンマが言った。 「そうですね。マシンの故障は計算外だったのですが」 「菊ちゃん、またガンマ団に手伝いに来てくれる?」 「いいえ。私には楽隠居の生活が合ってます」 「ふぅん、そう? 菊ちゃんの能力なら、引く手あまたでしょ?」 「買いかぶらないでくださいよ」 菊は、人をそらさぬ笑みを浮かべた。 「でもまぁ、これで二人は上手くいくでしょうし、今年はいい年になりそうですねぇ」 菊の膝に乗っていた犬のポチくんが、同意するように「わん!」と鳴いた。 後書き この話のタイトルにもなった『愛は時を超えて』。そういう映画があったのです。 映画会の映画は、本当にネタの宝庫です。 後は……描写力がもっとつけばいいなと思っている今日この頃です。 2010.1.31 |