愛のスケッチ

 何してるんだろう…ユウリ……。一生懸命紙に向かってなんか描いてる……みたい……。
「あ、マッカチン起きた? ごめんね」
 何で謝るんだろう。ユウリは何も悪いことしてないのに……というか、悪いことなんてしたことない人なのに。ユウリはいつでもボクに優しかったっけ。
「ちょっとね……じっとしていてくれるかな」
 うん。じっとしてるよ。というか、眠いし……このまま眠ってもいいんだよね。
「可愛いね。マッカチンは。ヴィクトルが可愛がるのも無理ないよね」
 ボクにしてみればユウリだって可愛い。二十歳過ぎた大人とは思えない。……ヴィクトル――ご主人様が大人びているのかな。でも、ボクはヴィクトルがまだ十代の頃から知ってるしなぁ……。
 ヴィクトルも、こんな風にボクを描いてたことがあったっけ。最近はそんな余裕もないみたいだけど、でも、あの頃より可愛がってくれる。
 それに、こう言っちゃなんだけど、ヴィクトルの描いたボクの絵って、ボクに似てないんだ。「似てる!」とか「そっくり!」という人もいるけれど。
 そうだなぁ……あ、そうだ。便利な言葉があるよ。
「芸術的」
 どんな絵にも当てはまる言葉。うん。ヴィクトルの絵は芸術的なんだ。
 ユウリはどんな絵描いてくれたのかな。『芸術的』な絵ってヤツかなぁ。楽しみだなぁ。
 ボクは尻尾をパタンパタンと振る。ユウリがボクを描いてくれたのが嬉しくて。――これくらいはいいよね。
「出来た~」
 待つこと二十分。ユウリが絵を描き上げたらしい。
 見せて見せて。
 ボクがせっつくと、ユウリにも伝わったみたい。
「あはは。マッカチンも見たい? でも、僕絵へたくそばい」
 下手でもいいの。芸術的なの。見せて見せて。ユウリが苦笑している。
「んもう……わかったよ。ほら。あんまり似てないでしょ?」
 ボクの脳天に雷が落ちた。
 似てる! そっくり! というかボクそのもの!
 ヴィクトルの芸術的な絵とは全然違うの!
 ユウリ、絵上手い~。ユウリはフィギュアスケーターなんだけど、画家でも十分食べていけるよ。ヴィクトルはスケート以外何にも出来ないから……。
 ユウリ――勝生勇利は日本人のフィギュアスケーターなんだ。そして、ご主人様の良き恋人でもある。
 ボクのご主人様はヴィクトル・ニキフォロフ。世界で知らない者はいない程のフィギュアスケーターだ。多分、画家では食べていけないけどね。でも、ご主人様――ヴィクトルにはスケートがあるからいいのだ。
「は……ぁ……ねむ……」
 ユウリがはだけた着物姿のまま眠ってしまった。ご主人様に襲われても知らないぞ~。
 でも、ユウリにとっては「待ってましたぁ!」な展開なのかなぁ。
 取り合えず、自分の描かれた絵を見てボクは満足したのでした。まる。

「ユウリ~。マッカチン~」
 涼やかな声が聴こえる。ご主人様だ! ボクのヴィクトルが帰って来た!
「ごめんよ~。酒好きの大人達につかまっちゃって~。あらら、ユウリ寝てんの?」
 ヴィクトルからはほのかにお酒の匂いがする。
 ヴィーチャ~。ユウリ、ボクを描いてくれたんだよ。とっても似てるの。褒めてあげて褒めてあげて。
 ボクは千切れるほどに尻尾を振る。そして吠える。
「わふっ、わふわふっ!」
「え、スケッチ……これ、マッカチン?! すごい! 似てる! マッカチンが描いた……訳ないよね。じゃあ、これはユウリが! すごっ! 器用だとは思ってたけどここまでとは……ユウリすごいな~。見直しちゃうな~。流石俺のユウリ~……なんちゃって~」
 とめどないなぁ、これは。
 それに、ユウリはボクのでもあるの!
 話に聞いたところによると、ユウリは『ヴィクトル』という犬を飼っていたことがあるらしい。それは、ボクがヴィクトルに飼われていたからなんだって。
 ユウリの愛犬の方のヴィクトルは死んでしまったけど、ボクは勝手にヴィっちゃん(犬の方のヴィクトルの愛称ね)を弟分だと思っている。当たらずと言えども遠からず、だよね。
 ヴィっちゃんもこんな風にユウリに描かれてたのかな。羨ましいな。
 別にヴィクトルの絵に不満がある訳ではないけれど、ユウリの絵はユウリの絵で、また素敵なものがあって――。
「あ~、可愛いマッカチンだ~。額に入れて飾ろうかな~」
「わふっ」
 ボクは勿論賛同の意を示した。
「ん……」
 あ、ユウリ目を覚ました。
「あー、駄目ッ!」
 ユウリはヴィクトルからスケッチを奪い返した。あまりに凄いスピードだったんで、ヴィクトル、ぽかんとしてる。
「どうして? 勝手に見たのいけなかった? あ、でもユウリ絵もうま……」
「だめだめー! こんなの見せらんない!」
 ヴィクトルが機嫌を取ろうとするも、ユウリ、頑なに見せまいとする。
「えー? だって、そのマッカチン可愛いし……本物と同じくらい可愛いよ」
「だめだめっ! これはその……いたずら描きだから……」
「マッカチンには見せてたくせに……」
「マッカチンは犬だからいいの!」
 ユウリ……それは理不尽というものだよ。ヴィクトルだって落ち込んでる。すん……すん……と泣いている。まぁ、ヴィクトルの場合、嘘泣きかもしれないんだけどね。
 大丈夫。ヴィーチャ。ボクがついてるよ。
 あ、ヴィーチャていうのはご主人様の愛称ね。ヴィクトルが傷ついた時に、ボクは頬を舐めながらヴィクトル――ヴィーチャを励まして来たんだ。あの時は、ボクの世界にはヴィーチャとボクしかいなかったんだ。
 大丈夫。ヴィーチャ。ボクがいるからねって、いつも傍にいるからねって心の中で言い聞かせてたんだ。
 ユウリがいなくなれば、ヴィーチャはボクだけのものだけど、それってあまりにも寂しい犬生だよね。ボクの世界には、ヴィクトル・ニキフォロフの他にユウリ・カツキが住んでいるんだ!
 もう逃げられないからね。ユウリ。
 そして、ボクは――ヴィーチャを置いてユウリを励ましたのだ。
 大丈夫。ユウリ。君の絵は本物だよ。本物の愛情が伝わって来るんだ。
 それに……ボクは本当は君が誰を描きたかったのかわかってしまったんだ。
 ユウリ……君はヴィクトルを描きたいんだね。でも、ボクのことも描いてくれてありがとうね。ボクはそれだけで嬉しいよ。
「うう……マッカチン……」
「わふっ!」
 ボクはユウリの涙を舐め取る。ヴィクトルが恨めしそうにこちらを見ている。どっちに妬いてんのかな。――両方、かな。
 ヴィーチャ!
 ボクはヴィクトルの胸に飛び込む。あははは、とヴィクトルが――可愛いヴィーチャが笑っている。……涙目で。嗅ぎ慣れたヴィーチャの匂い。それは、まぁ、ヴィーチャ酔ってるからお酒の匂いも混じってるけど。
 ボクはヴィーチャが大好きで――でも、ユウリも大好きで……。
 こういうのって、何て言うのかな……多情って言うのかな……でも、恋している訳じゃないよ。どっちも同じくらい大切な、家族。ヴィクトルもいい大人だ。立ち直るのも昔より早い。でも、ユウリのスケッチのことは諦めていなかったらしく……。
「ユウリ。これ額に入れて飾っていい?」
 ……あ、ご主人様わくわくしてる。
「だめーっ!」
 ユウリが全身で止めようとする。
「ダメーッていうのダメーッ! このマッカチン、俺気に入ったんだ! 何としてでもこれは飾る!」
「うっうっ、黒歴史が増えそうだよ僕……」
 ユウリがまた泣き出す。黒歴史って、ブラックヒストリー? よくわかんない。
「でも、こんなに絵が上手かったらなぁ……俺画家目指してたよ」
「あー……ヴィクトルの絵ねー……確かに上手いとは言い難いよねー……」
 ヴィーチャの絵は雑誌に載ったこともあるのだ。
「あ、でも、ヴィクトル絵下手で良かったかも」
「何で?」
「ヴィクトルが画家になったら、フィギュアスケーターにならなかったでしょ? 画家は美を追求するものだけど、フィギュアスケーターのヴィクトル・ニキフォロフは僕にとって『美』そのものなんだよ」
 その殺し文句が功を奏してか――
「ユウリー!」
 ヴィクトルがユウリを押し倒した。……まぁ、慣れてるけどね。それから、ユウリはこう言ったけど。
「でも、あの絵は描き直すよ」
「えー、嫌だったら嫌だー!」
 ユウリが小さくちっ、と舌打ちしたのが聞こえたような気がした。ヴィーチャは一旦こうと決めたら我を通すことがあるもんなぁ……。ボクも散々悩まされたよ。
「あ、そうだ。久しぶりにマッカチンの絵、俺も描いてあげるよ」
「わふっ!」
「うん! 僕もヴィクトルの味のある絵見てみたい」
 ユウリ――それは褒めてんのかなぁ? でも、ヴィクトルはあんまり気にしていなさそうだった。その晩は二人並んでお絵描きっこ。二人が幸せそうみたいで良かった。

後書き
『ユーリ!!!onICE』の二次創作。今回はマッカチン視点。
マッカチンアンソロジーに触発されて書きました。
マッカチンのヴィクトルの呼び方がヴィクトルだったりヴィーチャだったりしますが、まぁ、そこはご愛敬というもので(笑)。
このお話はYOIファンの風魔の杏里さんに捧げます。
2018.05.14

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