本当に愛してるから 今日、イギリスが俺の家に押し掛けて来た。 「新年明けましておめでとーう。なんだ、おまえ。今日は女の子もいないのか。ま、相手が野郎じゃ楽しくねぇかもしれねぇが、一緒に飲もうぜ」 イギリスがそう言って転がり込んで来たのだ。 せっかく想い人が来たというのに、俺――フランスは憂鬱だった。 今のイギリスは、酔っぱらって躁……というか、やけになっていて、飲んでいてあまり楽しい相手ではない。ネクタイもだらしなく緩められ、ボタンも上の方は外されていて、一応紳士を気取っているイギリスにしては、珍しい格好だった。 そいつは、持ってきていた酒をとっくに飲み干し、今は俺の秘蔵のワインをラッパ飲みしている。 以前なら、四の五の言わさず押し倒していたところだが。 「でさぁ、アメリカの馬鹿が……」 アメリカ、アメリカ、アメリカ……イギリスの口にすることは、あいつのことばかり。あの、あっという間に大きくなってしまった新大陸の国のことばかり。 俺は、疑り深いのだろうか。でも、俺の目には、イギリスはアメリカにべた惚れのような気がする。 イタリアでさえ、 「ねぇ、フランス兄ちゃん。イギリスさんて、アメリカさんのこと、本当は好きなんだね」 と言っていた。 まぁ、イタリアはドイツの恋人だからな……。 そんなことはどうでもいい。 イギリスは、アメリカのことが好きなんだ。俺よりも。 自覚がないのは恐ろしい。 俺を巻き込んで、一体どうするつもりなんだ、おまえ。 俺は……こんなに苦しいほど、おまえを愛しているというのに。 アメリカのことで精一杯なイギリスを、俺は抱きたくなかった。 「アメリカって、ほんと、馬鹿だよなぁ」 ほら、また。 悪口の陰に隠された、アメリカへの慕情。 俺がわからないとでも思っているのか。 いや。今はまだ、イギリス自身にはわかっていない。 「なぁ、イギリス」 「ん? 何だ? フランス」 ああ。そんな潤んだ目で見ないでくれ。頬も上気してて。色っぽいったらありゃしない。こんな場合でなけりゃ、腕づくで俺のものにするところなのに。 でも……。 「おまえは、アメリカが好きなんだよ」 しばらく間があってから、イギリスが訊いた。 「……え?」 そう言ってから、ゲタゲタと笑い出した。 「なんだよ、それ。笑えねぇ冗談だな、フランス」 「俺はマジだ」 そして、俺は大声で言った。 「おまえは、あめりかが好きなんだよ!」 「な……」 イギリスは何か考え込んでいるようだった。 「それは……確かに……そうかもしれない……っつーか、そうだった……」 「そうだった? おまえあいつに告白でもしたことあるのか?」 「ある」 「それで、どうだった?」 「ふられた」 イギリスは、簡潔明瞭に言った。 「ふられたって、おまえ……」 「友達になりたいって言ったら、イヤだとさ」 あー。それはおまえが悪い。 友達になりたいって言うのも、こいつはいつも通り、高飛車な口調だったんだろう。アメリカでなくても、俺だってお断りだ。 でも、じゃあ、イギリスのこと嫌いかって言えば、そんなことない。俺は、こいつに、どうしようもないくらい惚れ込んでいる。 アメリカだって――俺が恋愛指南してやった時にぽつりと洩らした。 「俺、イギリスが好きなんだ……君から奪ってもいいかな」 それは俺に対する宣戦布告。あの時のアメリカには、若さとまっすぐさがそのまま出ていた。 ああ、これは敵わない、と思ったね。 アメリカとイギリスは、まだデキていない。それはわかる。 だけど――俺がこの二人の仲を取り持つ義理もないわけで……。 わかっているのは、こんなイギリスは見たくない、ということだけ。 「――わり。俺、帰るよ」 イギリスが立ち上がった。 「ああ!」 俺は言った。 「行っちまえ! 俺は酔っ払いの相手になる気はない!」 「え? でも、以前は散々――」 「いいから行け!」 俺は、胸の奥から湧き上がってきた涙をぐっと飲み込んだ。 「……わかった」 イギリスは千鳥足ながら玄関へと足を運ぶ。 ――サンキュ。 そう聴こえたように思えたのは、俺の気のせいだったろうか。 わかるか。おまえにこう言うのは、俺がおまえを愛しているからだ。 アメリカに本気なおまえ。そんなおまえに本気な俺。 相手がアメリカではなかったら、絶対渡したくない。でも――敢えてふられてやるのは……。 アメリカも本気だからだ。 ヤツだったら、おまえを幸せにしてくれる。まだ若いし、俺なんかからすれば、お坊っちゃんみたいなとこもあるけれど。 今だったらアメリカはおまえを拒まないと思う……それでも駄目だったら――また俺のところに来てくれ。そして、二人で飲み明かそう。 一時間経っても、二時間経っても、イギリスは来ない。 ああ。これはイギリス、願いが叶ったな。俺にとっては残念な結果に終わったが。 俺はCDをかけた。 軽快なリズムに、俺の心は少し、慰められた。 「乾杯。イギリスとアメリカに」 そして――俺の恋心に。 俺は、赤い液体の入ったワイングラスを高々と掲げた。 後書き 仏英のつもりで書きました。フランス、美味しい役どころです。ふられるのに変わりはありませんが。 フランスは、アメリカとイギリスの心を知っていて、尚且つ邪魔をする無粋な真似はしないと思うのですが。 2009.12.29 |