ヘタリア小説『ダブルデート

「おー。来た来たー」
「こっちだよー。フランシス、マシュー」
 アーサーとアルフレッドが手を振ってくれた。
 フライトジャケットに伊達眼鏡というくだけたなりのアルフレッドに、かっちりスーツ姿で決めたアーサー。好対照な二人である。
「おはようございます。アルにアーサーさん。遅くなってしまいまして」
「君はスロー過ぎるんだよ。よく我慢できるね、フランシス」
「んー、まぁ、お兄さんはアルのようにせっかちではないからな」
「せっかちなのは、アーサーだよ。三十分前にここに来たんだからな」
「うっせ。おまえも同じような時間に来たろ」
「Wデートかと思うと嬉しくてさぁ……昨日は寝付けなかったよ」
「遠足行く前のガキか、おまえは」
 アーサーがツッコミを入れる。マシューはくすくすと笑った。
(アーサーさんとアルって、ほんと仲がいいんだな)
 こんな痴話喧嘩を人前で堂々とするぐらいに。
(僕達には真似できないな……)
 そう思い、マシューはフランシスに目を遣る。
 さらさらの亜麻色の髪が陽の光に透けて見える。青い瞳。無精髭も案外よく似合っている。
 アーサーにはよく、
「その髭引っこ抜くぞ!」
 と、言われているが。
(フランシスさんてやっぱ……かっこいいなぁ)
 マシューは崇拝の目で見る。
 フランシスがマシューの恋人になってから随分経つ。けれども、あんまり幸せすぎて、慣れることができない。
 フランシスは浮気性だし、浮気されれば、マシューだって悲しいけれど、その時は、
「フランシスさんみたいな素敵な人が、僕一人のものになるわけはないんだ」
 と言い聞かせ、耐えている。
 それに甘い言葉のひとつでも囁かれれば、たちまち陥落してしまう。
 僕って、都合のいいヤツかな……と、マシューは考えてしまう。
 けれど、フランシスは優しいので、このままずるずると甘えてしまいそうだ。それがマシューには、少し怖い。
「遊園地行くぞー」
「ガキじゃねんだから、あんまり張り切り過ぎて転ぶなよ」
「わかってるよ、アーサー」
 アルフレッドは、はしゃいでいる。いつも元気な彼のことではあるし、このぐらいのテンションは普通なのだが。
「で、どこ行くんだ?」
 アーサーが溜息混じりに訊く。まるで、もう答えがわかっているかのように。
「あれ、乗るんだぞ!」
 アルフレッドが指差したのは、お定まりのジェットコースター。
「あれか……」
 アーサーは絶叫系が苦手だが、もう諦めの境地だ。
「さ、行くんだぞ、アーサー」
「ああ……」
「マシュー達も来るかい?」
 マシューはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「お兄さん達はアイスでも食べながら待ってるよ」
 フランシスも、ジェットコースターは苦手なのだ。
「おまえら……止めねぇのかよ」
「止めたってムダだもん。なぁ、マシュー」
「う……うん」
「ちっきしょー。裏切りやがったな」
「誰も裏切ってなんかいないって。いこ。アーサー」
 ――ジェットコースターから帰って来たアーサーの顔は、紙よりも白かった。

 メリーゴーランドにはアーサーとアルフレッドが乗っている。アーサーも、かなり気分が良くなってきたようだ。
「坊っちゃんー。こっち向いてー」
 フランシスはそんな彼らをぱしゃぱしゃとデジカメで撮る。
 マシューは、わくわくしながらメリーゴーランドに見惚れ、音楽にうっとりとなっている。
「じゃ、次はお兄さん達の番だな」
 フランシスはアーサーにデジカメを渡した。
「マシューだけ写す。おまえは写さん」
「どうして?」
「俺にも美意識があるからな」
「じゃあ、どうして俺を写さないのさ」
「アーサー」
 アルフレッドが言った。
「こんなヤツらほっといて、今度は観覧車に乗るんだぞ」
「え、でも……さっきはいっぱい写真撮ってもらったし……」
「そう! このフランシス様が撮ったんだぜ! プレミア物さ!」
「……悪いがおまえら、勝手に乗っててくれ。俺はアルと行く」
「そう来なくっちゃ」
 アルフレッドは振り向きざまに、親指を立ててウィンクした。
「あ。おまえら、撮らないんだったらデジカメ返せ!」
「まぁまぁ。フランシスさん」
「マシューだって、想い出の一枚、欲しいよな」
「いいですよ、僕は別に……フランシスさんがいれば……」
 直球のマシューの言葉に、フランシスは赤くなった。
「おまえ……今の言葉の意味、わかってていってんだろうな」
「え? 何がですか?」
「……何でもない。早く乗ろうぜ」
「はい!」

 メリーゴーランドを満喫した後、フランシスとマシューはアイスを舐めて遊園地をぶらぶらした。
 アルフレッドとアーサーは、ホラーハウスに行くと言うので別れた。アルフレッドは怖がりなのに、そんな場所が好きなのだ。
「観覧車行くか?」
 フランシスの案に、マシューは、
「はい!」
 と乗り気で答えた。
「ま、密室になったら、俺の独壇場だな」
「え……?」
「うそうそ。遊園地ではおかしなことしないから、安心しなさい」
「はぁ……」
「でも、キスぐらいはやっちゃおうかなー」
「もう、フランシスさんたら……」
 マシューは満更でもなかった。
 観覧車がゆっくりゆっくり上がって行く。
「おー、いい眺め」
「アーサーさんとアル、今頃どうしているでしょうね」
「アル、叫んでばかりでないの? あいつ、幽霊とか嫌いだから」
「じゃあ、何でホラーハウスになんて行ったんだろ」
「知るかよ。それより……」
 フランシスはマシューに口付けした。
「なっ……!」
「キスぐらいはやっちゃうって言ったろ? 油断してるとお兄さんみたいな人に付け込まれるぞ。マシューは可愛いんだから」
「可愛い?!」
 そんなこと、言ってもらったこともなかった。相棒のクマ二郎にも。ちなみに、クマ二郎は、今回は家で留守番だ。
 確かに、ふわふわの巻き毛は自慢ではないわけでもなかったが……。
「あれ? 自覚なしか……参ったな」
 フランシスは髪を掻き上げた。
「いつか、襲っちゃおうかな。坊ちゃんには固く止められているけど……」
「……そうなんだ」
 襲われるにしても、相手がフランシスならいいかもしれない。そんなことを考えてかーっと頬に熱が溜まるマシューだった。
「フランシスさん」
「何?」
 今度はマシューからのキス。
「油断はしない方がいいですよ」
 そう言って、マシューは笑う。
「ははは。マシューも大胆になってきたなぁ」
「フランシスさんとつき合ってますから」
「――違いない。じゃあ、アンタを仕込んだのは俺ってわけか。なかなか悪くないなぁ」
 少しは外を見ようと、二人は窓に目を注ぐ。様々なアトラクション。遊んでいる子供達。一緒に楽しんでいる親達もいる。
 こういう景色は守りたいと思う。マシューも、『国』の化身としての自覚はある。
「おっ、あれ、アルじゃない?」
 マシューは下を指差す。
「坊ちゃんもいるねぇ」
「今頃アルを宥めるのに大変なんじゃないですか? アーサーさん」
「アルの怖がりは半端ではないからねぇ」
 長くて短い観覧車の旅は終わった。
 アルはやはり震えていた。アーサーが何とかしようと、優しい言葉をかけている。普段からは想像もつかない姿だ。
(アル、役得だね……)
 マシューはこっそり思った。
 カップを模した乗り物、ゴーカート、トランポリン……遊んでいる間に、別れの時が近付いた。
(僕、このままフランシスさんと別れるの、イヤだな)
「俺、マシューとこのまま別れるの、イヤだ」
 フランシスが自分と同じことを考えているのを知って、マシューはびっくりした。
「どっかでディナー食べようぜ。ほら、アル達だって勝手によろしくやってるだろうしな」
「そうですね」
 マシューがフランシスの手を握った。お祭り気分が、彼をいつもよりちょっぴり大胆にさせたみたいだった。

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