義勇さんは渡さない! 前編

 女将さんに何度も礼をして、俺と義勇さんは宿を後にした。
 俺は、布団を汚してしまって、せめて下洗いだけはしておこうと思ったのに、義勇さんに、
(それも宿屋の仕事のうちだから……)
 と、止められてしまった。恥ずかしいんだけどな。昨日、何をしたかわかってしまうみたいで。ちりりん、とどこかで風鈴が鳴った。
「あら、冨岡さん、炭治郎くん」
 にこにこと笑う胡蝶しのぶさん。相変わらず美やかな女性だ。ついでに言うと、俺の名は竈門炭治郎。ゆうべ、隣にいる冨岡義勇さんに操をもらわれてしまった。何となく、気恥ずかしくて、俺は俯く。
 繋いだ手に義勇さんがぎゅっと力を込める。義勇さん……。
 しのぶさんは驚いて目を瞠ったが、またにこっと笑った。
 そして、しのぶさんは義勇さんに駆け寄って、ちょうど屈み込もうとしていた彼の唇に接吻をした。その後、ぱたぱたと駆けていく。
 何だ? あれは、何だ……?

 俺は、風呂の中でぼーっとしていた。善逸と伊之助がお湯の掛け合いをしている。
 何考えているんだろう、義勇さん。
 どうして善逸を自分の家に呼んだりしたんだろうか。この二人がいなければ、俺はまた義勇さんと枕を共に出来るのかなって期待していたんだけど。
 我妻善逸に嘴平伊之助。両方とも俺の大切な仲間なのに、いない方がいいなんて、単なる俺の我儘だと思うけど……ごめんね。二人とも。
「あれ? 金次郎、おめぇ、肩に痣なんてあったか?」
 あ、そういえば。義勇さんが予約の証として俺の肩を噛んだんだっけ。
「た~ん~じ~ろ~う~」
 何だろう、善逸が怖い。
「女だろう、な、女が出来たんだろ?! あー、炭治郎に先越されるなんて、俺も焼きが回ったよ! 美人か、美人か?!」
 善逸は一人で突っ走る。
「俺の子分を傷つけるなんて、親分として許せねぇな! 敵討ちしてやる!」
 まぁ、二人ともちょっと思い込みが激しいけど。
「女じゃないよ、善逸」
 だって、義勇さん男だし。
「嘘吐くな~! 炭治郎~! 羨ましい妬ましい! 肩を噛むなんてよほど積極的な彼女なんだろ?! 好き合ってるんだろ~!」
 善逸が俺の体をがくがくと揺さぶる。
「ふん、獰猛なだけだろ」
 伊之助の台詞には否定は出来ない。
「あー、俺の頼みの綱は禰豆子ちゃんだけだぁ……ねずこちゃ~ん!」
 うーん、善逸が未来の義兄か……考えちゃうな。
「なぁ……炭治郎。お前どんな女と付き合ってるんだよ。気になって夜も眠れないよ、きっと。俺繊細だから」
「昼寝てるんだから大丈夫じゃないか?」
 俺は善逸に言ってやった。
「うっうっ、義弟は冷たいし、禰豆子ちゃんは箱の中だし……何を信じて生きていけばいいんだ。青い空のばっきゃろ~!」
「うるせぇぞ、単逸。まずは三次郎を傷つけたヤツを血祭りに……」
 伊之助は人の名前を覚えないのだ。
「ええっ?! 女を攻撃するの?! やだ、伊之助ってやっぱり野蛮~」
「うるせぇぞ。珍逸」
「やばい響きの言葉使うな! 俺の名前は善逸だ! 空っぽの脳にしっかり染み込ませておくんだな!」
 そう言って善逸は伊之助の頭をごんごんと叩く。手加減はしているんだろうけど。
 この二人と一緒にいるのは楽しいけれど、時々煩い。
「てめぇ、子分のくせに親分を叩くとは何事だ!」
「うるせぇ、女顔マッチョ!」
 ……もう付き合いきれないな。俺は風呂からざぶんと上がった。もう体は洗ってある。もしかしたら……と思ったので、隅々まで洗ったのだ。
「あ、炭治郎待てよ」
「チュウ逸、てめぇの相手はこの俺だ!」
「善逸だ!」
 ふふ、なんだかんだ言って仲いいんだよな。この二人。どっちも癖のある性格だけど、もう慣れた。それに、善逸も伊之助もいいヤツなのはわかっているし。善逸も伊之助も俺を気にかけてくれている。
 ……気にかけてくれているんだよね。一応。

 俺は義勇さんの部屋へ行った。義勇さんが一人で座って本を読んでいた。文武両道なんだな、この人。義勇さんが俺に気づいたらしい。
「炭治郎!」
 嬉しそうな匂いが辺りに広がる。義勇さんの声も弾んでいる。普段だったら嬉しくないこともないんだけど。
「お話があります」
「……何だ?」
「しのぶさんとはどういうご関係ですか?」
「ああ……」
 義勇さんはどっと疲れた匂いになった。
「しのぶのことは確かに好きだ。柱である仲間としてな。けど、俺が好きなのは炭治郎。お前だ」
「でも、しのぶさんは綺麗だし、いい匂いがするし――」
「なら、お前がしのぶと付き合うんだな」
「義勇さん! 俺の気持ちは承知のはずでしょう?!」
 俺はつい声を荒げてしまった。
「冗談だ。お前が勘繰るから、つい、な」
「微妙な冗談言わないでください!」
 義勇さんは立ち上がって俺に近づくと、激しい接吻をした。
「んん……ん……」
「つまらん悋気をするんじゃない。しのぶじゃなく、お前が好きでどこが悪い」
「だって……」
 俺はぽーっとなってしまった。義勇さんは接吻も上手い。
「……しのぶさんは女の人だし……」
「やはりそれを気にしていたか……」
 冨岡さんははーっと溜息を吐いた。そして言った。
「俺も……気持ちはわからんでもない。自分の気持ちに気づいた時には随分戸惑いもした。けれど、恋をするのに男も女も関係あるだろうか。そう思った時、俺は自分の選んだ道を進むことに決めた。その道とは、お前と共に歩む道だ」
「義勇さん……」
 何だか口説かれているような気がする。いや、実際口説かれてるんだろうけど。
「お前と、お前の妹のことは、命かけても、守る」
「どうして、禰豆子のことを義勇さんが?」
「禰豆子もお前を愛しているからだ。……男として」
「禰豆子は俺の妹ですよ」
 俺は義勇さんにぴんとおでこを弾かれた。俺は意味が分からなかった。
「お前は馬鹿だ。竈門炭治郎。……妹の想いにすら気づかないとは……」
「妹と恋をしたら畜生道に陥りますよ。それに、俺には義勇さんがいるから……」
「そうか」
 俺はこんなにぐるぐるしているのに、義勇さんたら、さっぱりした顔をしている。
「俺がいるから、お前の妹とは結ばれることはない、と、そう言いたいのだな?」
「は、はい……」
「良かった……」
 義勇さんは照れ笑いをした。この人、こんな風に微笑める人だったんだ……何だかまた、義勇さんの新たな面がわかって嬉しい。俺はくすっと笑った。
「やきもちを焼いていたのはそっちじゃないですか」
「……まぁな。もうすぐ布団を敷くから一緒に寝ないか?」
「……え?」
「予約もさせてもらった身だしな」
「でも、今、この家には善逸と伊之助が……その、鍵だってかかってないし……それにしのぶさんが……」
 しのぶさん……一途な恋の匂いがした。俺は、あんなに美しく人を想えるだろうか。俺だって義勇さんを愛してる。でも、あそこまで一途に想っているかどうかは、謎だ。
 義勇さんは、その気になれば、しのぶさんを抱けるんだ。抱けるんだ……。俺を抱いたように。
 涙が込み上げて来た。
 えーい、泣くな。炭治郎。俺は竈門家の長男で、もしかしたら俺に恋しているのかもしれない禰豆子を鬼から人間に戻して正道に立ち返らせ、禰豆子を本当に愛してくれる一人の男と結婚させ……この際、善逸でもいい。善逸はあれでもいい男なのだから。
 俺はぐい、と目元を拭った。義勇さんがしのぶさんを所望したら、しのぶさんはきっと受け入れるだろう。だから、俺は明日、しのぶさんに会いに行こう。義勇さんのことについては、譲れないから。

後書き
この話ではぎゆ←しの要素も入っています。
炭治郎くんは竈門家の長男と言う立場もあって大変ですね。
後編はしのぶさんも出張っています。
2020.09.27

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