ぼっち弁当の冨岡先生を救え!

「おーい、炭治郎ー。弁当食おうぜー」
「ふん、仕方がないから付き合ってやるぜ」
 クラスメートの我妻善逸と嘴平伊之助がやって来た。
「うん。ちょっと待って……」
 俺は窓から冨岡義勇先生の様子をうかがう。冨岡先生、またぼっち弁当なんだ……可哀想……。そりゃ、ちょっと暴力とか振るうこともあるけど、冨岡先生なりに理由があってのことだし……。俺の耳飾りのことも、
「事情があるんです」
 と、言ったら、そうか、と短く返事をして、その後は見過ごしてくれたんだ……。
「どうしたんだよ。炭治郎」
 と、善逸。
「ん? 冨岡先生、ぼっち弁当なの可哀想だと思って……あんなにいい先生なのに……」
「ひぃっ!」
 善逸が変な声を出した。そんなに変なこと言ったかなぁ、俺……。なんか、善逸から恐怖の匂いがするんだけど……。
「そんなに怖いの?」
「怖い怖い。俺なんてこの金髪は地毛なのに、いきなり、『黒くして来い!』って殴られたんだぜ~。あの先生は理不尽だぞ~! あんま関わらない方がいいよ。な、伊之助」
「けっ。あんな先公のどこが怖い。そりゃ、竹刀ぶんぶん振り回すけど」
「充分怖いじゃん!」
 伊之助の答えに善逸がガタガタと震える。
「そんなに怖いかなぁ……」
 そりゃ、確かに暴力教師としてPTAからも文句出てるけど、俺は、冨岡先生がそんなに怖いとは思わない。むしろ、孤高でかっこいい先生のような気がする。この間だって、てんとう虫を葉っぱの上に乗せて逃がしてやったのを見たんだ。
 冨岡先生は、実は結構優しいような気がする。
「……は? 炭治郎は、冨岡先生が怖くないの?」
「あんまり……」
 そう言うことは考えたこともなかった。ぼっち弁当の冨岡先生が怖いだなんて……。むしろ、皆から遠巻きにされて、可哀想だな、と。勿論、俺も冨岡先生には竹刀で叩かれたことはある。だけど……。
「炭治郎。お前も結構怖いな」
「そう?」
 善逸の言っていることは時々わからない。
「でもさ、冨岡先生、お昼時間も誰からも声かけられないんだぜ。いつも一人でさ。ま、確かにこの学校では俺の次にかっこいいけど。何考えてるかわからないし、それに……炭治郎?」
 俺は弁当を持って冨岡先生の元へ走って行った。冨岡先生は、職員室で一人ぼっち。
「冨岡先生!」
「何だ……食事中はうるさくするな……」
「俺と、弁当食べませんか?」
「……は?」
 冨岡先生は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「どうせ一人なんでしょ?」
「それはそうだが……」
「待ってよ、炭治郎。お前足早いんだからさ……」
「日頃から俺のように鍛えとけ。わはは」
「善逸! 伊之助!」
 俺は叫んでいた。それに、善逸だって足が速いんだから……俺の妹追いかけ回す時や、冨岡先生の竹刀から逃げまどう時には特に。伊之助の身体能力が高いのは言うまでもない。
 伊之助は猪に育てられた伊之助は、イケメンなのに、野生児という感じがする。善逸が言うには、
(一部の女からは熱い視線送られてるぜ、伊之助のヤツ。ふん。ムキムキのくせに女みたいな顔して)
 ――とのことらしい。あんまりそう言うことは、誰が相手でも言うもんじゃないと思うけどなぁ……。
 でも、善逸と伊之助は仲が良い。俺も二人に構ってもらっている。
 だからわかる。友達の大切さが。一人ぼっちの辛さが。
 冨岡先生だって、ぼっちで寂しいはずだ。
「ま、そんなわけだ。んなことより早く弁当だ弁当」
 伊之助が仕切る。伊之助は仕切りたがりだ。また、なかなかしっかりしてるんだ。
「待てよ。……仕様がないなぁ。……俺も付き合うとするか。未来のお義兄様の為に」
 善逸も、とん、と弁当を置いた。善逸は俺の妹の禰豆子が好きらしい。将来は結婚するんだ、と言っている。俺も、友達が義理の弟になるのなら悪くない。
「わかったから静かにしてろ」
 冨岡先生は食べ物を口に運びながら言っている。――日の丸弁当か……。日本男児の冨岡先生らしいや。
 弁当を広げると、美味しそうな匂いがした。母さんの手作りだ。いつだったか、母さんや兄弟が鬼、と呼ばれる化け物に殺される悪夢を見たことがあるけど、夢は夢。今の生活には、関係ないよね。
 俺達は、いただきます、と手を合わせた。
「おーい、炭治郎。弁当の中身、交換しようぜ。ほら、卵焼き」
 善逸は実は優しい。
「ん、ちょっと待って。……冨岡先生、プチトマト食べません?」
「くれるのか?」
「はい」
「じゃあ、いただこうか……」
 冨岡先生はその後で、ありがとう、と小さく言った。
「え? 別に……お礼なんて言われるようなことやってる訳じゃないし……」
 ――伊之助はもう食べ終わったらしい。相変わらず、食べるのが早いヤツで、善逸の弁当の中身を狙っている。善逸も負けずに弁当を死守している。
「あー! その磯辺巻き、俺が食おうと思ってたのに!」
「うるせぇ! この弁当は俺んだ! 人にたかってんじゃねぇ!」
「三四郎には卵焼きやってたじゃねぇかよ!」
「炭治郎は未来の義兄だから特別なの!」
 ぎゃあぎゃあと言い合っている善逸と伊之助の二人。ああ、二人がうるさいんで、冨岡先生、困ってんじゃないかなぁ……それとも、まさか、怒ってる?
「……賑やかだな」
 冨岡先生が口を開いた。
「は……?」
「――お前達はいつも……こんな風に昼を過ごしているのか?」
 あ、冨岡先生が俺達に興味持ってくれた。いつもはクールなのに。いや、今でもクールだけど。
「はい!」
 善逸と伊之助は、親友だ。禰豆子は今日は女の子達と過ごしている。けれど、禰豆子もよく、俺達と一緒に弁卓を囲むんだ。
「いい友達は得難いものだ。大切にするんだぞ」
 冨岡先生……いいこと言うなぁ……。
「わかりました!」
「あ、伊之助!」
「へへーん、この磯辺巻きはいただいたぜ!」
「食われたら仕方ないけど……もうやらねぇぞ!」
 善逸の弁当には美味しいけど高カロリー物が多い。そんな食べ物ばかりで善逸がブクブクに太らないのは、日々の伊之助との追いかけっこのおかげだと俺は思っている。これも鍛錬の一環なのだ。
 俺は思わず笑みをもらした。
 ――気が付くと冨岡先生も、もう食べ終わっていた。いつの間に……!
 そうだ。俺も食べなくちゃ。
「ゆっくり食え、炭治郎」
 冨岡先生が、俺のことを下の名前で呼んでくれた。いつもは「竈門」って呼ぶのに……。あ、竈門って言うのは俺の苗字なんだ。
「茶でも淹れてやろうか」
「お気遣いなく」
「俺も喉が渇いた。――ついでだ。水分補給にもちょうどいいだろう」
 そういえば、今は秋なのに、今日は何だか暑い。俺達は冨岡先生の好意に甘えることにした。お茶を飲みながら、俺は考える。やっぱり、冨岡先生はいい先生だな……。
「冨岡先生、明日も来ます」
 そう言った俺に、冨岡先生は少し目を瞠ったが、やがて、ふっ、と笑った。
「ああ、また来い」
「えー? 明日もまたここで食べるの? ……ま、冨岡先生、うるさくしても今日は怒らなかったいいようなものの……」
 善逸は些か不満顔だ。
「我妻、嘴平。今日は騒いだことは見逃してやる。けど、今度また騒いだら静かにするよう、体に教え込むからそう思え」
「うはぁ……怖い、怖いよ~。いいじゃん。食べる時ぐらい自由に振る舞ったって……ああ、怖い……」
 善逸は怯えて震えている。伊之助は流石に慣れているのか、「俺はそんなの怖くないもんね~」と言い張る。実際、伊之助に怖いものなんて何一つないんだろう。そんな伊之助がかっこよく思える。
 いつも仲良くしてくれてありがとう。善逸に伊之助。それから、弁当付き合ってくださって嬉しかったです。冨岡先生。――そう思う俺の頬は自然と緩くなっていた。
 冨岡先生もいつもより表情が柔らかくなっているような気がした。

後書き
キメツ学園シリーズです。
冨岡先生がぼっち弁当なのは、孤高の存在だからだと私も思います。
楽しそうなお昼ですね。私もかまぼこ隊(禰豆子ちゃんいないけど)や冨岡先生とお昼ご一緒したいです。
2021.12.26

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