小さな恋のメロディー
「ねぇ、禰豆子ちゃん、今日は君に似合う花を見つけたよ。君にぴったりな可憐な花だよ」
俺――我妻善逸――は、竈門禰豆子ちゃんのことが大好きなんだ。
だって、美少女だし、いい匂いするんだもん。――鬼だけど。
いつかは、禰豆子ちゃんと結婚出来たらなぁ……なんて。禰豆子ちゃんも俺のことそんなに悪くは思ってないはず。俺といる時、嬉しそうな音がするもん。
「やぁ、善逸」
この男は竈門炭治郎。俺の仲間で未来のお義兄様。
まぁ、生きて帰れたらだけど。鬼舞辻無惨を見事に葬って。
俺は、炭治郎を禰豆子ちゃんの恋人だと思って無礼を働いてしまったこともある。今はもう、そんなことはない。だって、誰より信頼出来る仲間だし、お義兄様でもあるんだから。
「また禰豆子に話しかけてたの? 禰豆子寝てるよ」
と、炭治郎。禰豆子ちゃんは霧雲杉の箱の中で眠ってしまっている。どうやら狭いところが好きらしい。
「俺の夢、見ててくれるかなぁ……禰豆子ちゃん」
「さぁ、それはどうだろう」
炭治郎はいいヤツなんだが、ちょっと正直過ぎる。こういう時は、嘘でも「そうだね」とか相槌打ってくれるもんなんじゃないの?
でも、俺は人間が出来てるから、そんなことで怒ったりはしないのさ。
「昼間でも出て来れるようになるといいね。禰豆子ちゃん」
「ああ、禰豆子に連れて行きたいところ、いっぱいあるんだ」
おお、今度は意見が合ったぞ。
禰豆子ちゃん、早く人間に戻るといいね。俺も、炭治郎も待ってるからな。そして……。
「源逸ー! 何してるんだ、訓練の時間だぞ!」
伊之助め……お前うるさいんだよ……。
俺と炭治郎は静かにしろ、という合図を伊之助にした。でも、この嘴平伊之助と言う男は、女の子の扱いがわからないし、がさつだし、人の名前は覚えないしで、俺も困ってるんだ。
因みに俺は善逸だからな。紋逸に改名しようかと悩んだこともあったけど。
「おめぇ弱いからな……親分の俺が強くしてやろうって言ってんだ。感謝しろ!」
弱くて悪かったな。確かに俺はすぐ死ぬだろうと思ってたさ。禰豆子ちゃんに会うまでは。
でも、禰豆子ちゃんと会って世界は変わった。
俺は、簡単に死ぬ訳にはいかないんだ。禰豆子ちゃんと結ばれるまでは!
ふっ。俺は君に首ったけだぜ。禰豆子ちゃん。君と出会って生きる楽しさを知ったよ。だから、もう弱虫泣き虫の我妻善逸には戻れない。
俺は、君の為に強くなる!
「わかった。行くぞ。伊之助」
「おーっ!」
「……何だかあの二人って仲いいな」
と言う炭治郎の声が背中に聞こえた。ふん、俺が仲良くしてあげるのは禰豆子ちゃんだけだぜ。野郎になんか興味ねぇよ。
夜になった。カリカリと箱の中から音がする。
「禰豆子。外に出たくなったんだね」
炭治郎が箱から禰豆子ちゃんを外に出す。
こんな箱に押し込められてる……いや、禰豆子ちゃんは自分から入っているのかな。とにかく、こんなところにいるのが勿体ないくらいの美少女なんだ。禰豆子ちゃんは。
「禰豆子ちゃん……君に会うのを待ってたよ」
禰豆子ちゃんは焦点の合わない目をこちらに向ける。……禰豆子ちゃんは鬼だから、善逸のことも意識してないんじゃないかって、炭治郎が言ってたけど。
彼女には俺のことがわかっているはず。
「今日、この花を摘んできたんだ。禰豆子ちゃん。君にぴったりの綺麗な花だよ。君にあげるよ」
でも、禰豆子ちゃんはぼーっとしている。そこがまたいいんだけど。
「善逸……気持ちはわかるけど、むやみやたらに花を摘んで来ない方がいい」
何だよ。炭治郎のかっちん玉。……未来のお義兄様だけどな。
禰豆子ちゃんはふらふらとこっちに向かって来る。そして……ぎゅっと俺を抱き締めた。
「?!」
炭治郎が声にならない声を出している。でも、俺には何となく、炭治郎が何を言いたいかわかる気がした。
禰豆子が、善逸なんかに……って。
ふふふん。禰豆子ちゃんも俺の魅力がわかって来たんだ。でも、禰豆子ちゃんは炭治郎にも抱き着いたので、俺は炭治郎に嫉妬した。
「チュン、チュン」
チュン太郎が鳴いている。チュン太郎は俺の鎹鴉(雀だけどな)だ。でも、俺にはチュン太郎の言っていることがわからない。何故か炭治郎にはわかっているみたいだけどな。
(チュン太郎は、本名を『うこぎ』って言うんだよ)
……そんな炭治郎の言葉も、俺には本当だかどうかわからない。俺、耳には自信あるけど、チュン、チュンとしか聴こえないんだもんな。チュン太郎の場合。チュン太郎は、いつまで経っても俺が『うこぎ』って呼ばないので少しおかんむりらしい。
でも、一度、うこぎって呼んでやったら喜んでいるような感じだったので、きっと炭治郎は本当のことを言ったんだろう。炭次郎はこうも言っていた。
(でもね。チュン太郎は善逸のことがほっとけないんだって。これでも善逸のこと大好きなんだよ)
俺だって自分の鎹鴉持ちたかったけど、チュン太郎で良かったなぁ、と思った時はこういう時。
チュン太郎は禰豆子ちゃんの頭に乗っかった。
前言撤回! チュン太郎、そこへなおれ! 俺と立場を代わってくれ~! 俺が雀に生まれたら、是非とも禰豆子ちゃんの頭の上に乗りたいぜ~!
でも、俺は雀にはなれないし、それに、俺にはやりたいことがあったんだ。
「月を見に行かないかい? 禰豆子ちゃん。幸い今夜は満月だし」
禰豆子ちゃんはこくん、と頷いてくれた。
「チュン太郎も来る?」
「チュン、チュン」
「――うこぎ」
「チュン!」
チュン太郎は嬉しそうに鳴いた。へへっ。俺にもこれぐらいはわかるんだ。チュン太郎には迷惑かけ通しだったけど、ちょっとは俺も大人になれたかな。
……禰豆子ちゃんと釣り合うような男に、なれたかな。
「ほんとはね、月見団子も用意したかったんだけどねぇ……」
「あ、お義兄様お構いなく~」
「いつものように、炭治郎、でいいよ。それに、俺の義弟は善逸じゃないかもしれないじゃないか」
ぐさっ。矢のように心臓に突き刺さる言葉だぜ。炭治郎。お前は意識せずに毒吐くからなぁ……。
「そりゃないでしょ、お義兄様……」
炭治郎は何も言わずただ苦笑していた。禰豆子ちゃんはずっと月を見ていた。
ああ、禰豆子ちゃん……そうやってるとかぐや姫みたいだぜ……。
尤も、かぐや姫は月に帰らなきゃならないのだから、禰豆子ちゃんにはかぐや姫にはなって欲しくはないが。
「綺麗だねー、禰豆子ちゃん」
俺も禰豆子ちゃんの隣に座る。禰豆子ちゃんは何も答えないけれど、それでいいんだ。いつか、人間になった時に楽しい会話を交わせれば、それでいい。禰豆子ちゃんが人間に戻ったら、何か作ってあげたいな。
チュン太郎は俺の肩に乗っている。言葉はわからないけれど、俺の大切な相棒だ。
ああ……幸せ……。俺は、そっと禰豆子ちゃんの手に自分の手を重ねた。禰豆子ちゃんは身動きひとつしない。
今までいろんな娘に恋したけど、拒まれなかったの初めてだ。
やっぱり禰豆子ちゃんも俺のことを……?
そうだったら俺は、すごく嬉しいんだけど。それに、禰豆子ちゃんは今まで会った女の子の中では一番の美少女だ。
そして、俺もまた月を見上げる。やっぱり満月は綺麗だ。特に、中秋の名月は。
「……善逸。禰豆子も満更でもなさそうだよ」
お義兄様、いや、炭治郎がそう言った。今日は初めて禰豆子ちゃんに抱き着かれたし。
禰豆子ちゃんの箱の前には、俺が今日摘んできた花がある。禰豆子ちゃんは花より綺麗だけどな。
いつか、禰豆子ちゃんに接吻したいなぁ。竹の枷越しでもいいから。炭治郎には怒られるかもしれないけど、愛は障害があればある程燃えるものさ。
まぁ、俺、育ちは良くないけど、禰豆子ちゃんに急に不埒なことはしないよ。禰豆子ちゃんとお話しして、禰豆子ちゃんの顔を見て、時々は星を見上げる。今はそれだけで満足なんだ。
……鬼との戦いも控えているしね。
禰豆子ちゃんは鬼だけど、優しい鬼だ。絶対に人なんか食べない。炭治郎の声が聞こえた。
「おいで。チュン太郎」
「チュン」
「後は二人きりにさせてやろうじゃないか」
「チュンチュン」
うーん、二人きりという条件は美味しいけれど、俺は禰豆子ちゃんを大切にしたいんだ。
……禰豆子ちゃんに手を出したら、絶対炭治郎に殺されると思うんだ、俺。昔は生きてる辛さで早く死にたかったけど、今はそういう訳にもいかないからなぁ……。
「禰豆子ちゃん、俺は死なないよ。き……君がいるから……」
俺は禰豆子ちゃんに告白した。禰豆子ちゃんは綺麗な目で俺を見てから、ぎゅっと俺を抱き締めてくれた。今日はこれで二度目だ。
ああっ! 俺、死んでもいい!
あ、でも、禰豆子ちゃんの為にはまだ死ぬ訳にはいかないな。俺も、ぎゅっと禰豆子ちゃんを抱き締め返した。このぐらいはいいよね、炭治郎。その後、禰豆子ちゃんは俺の頭を撫でてくれた。幸せっ!
後書き
私の中ではぜんねずはプラトニックラブです。
善逸くんは禰豆子ちゃんにラブラブなのです
2021.08.09
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