覚悟はいいな炭治郎

 ここは、吉原の遊郭の片隅――。
 別に女を買いに来た訳じゃない。そういうことも昔はあったが。いま、俺は人を待っている。女はいらんが、ここの酒は旨い。
「冨岡さん。どうぞお酌をさせてください」
 白粉の匂いをさせた女が俺に近寄る。
「いや、お構いなく」
 俺は酒を堪能する。相変わらず良い味だ。でも、働いている人間は変わってしまった。
「冨岡さん、いつもああやって一人で飲んでますね」
「それが何よ。絵になりゃいいのよ。あのお面だもの、女の一人や二人くらい、決まったのがいるでしょ」
「でも……冨岡さん、この頃可愛い男の子達と一緒にいるって評判よ」
「稚児趣味に鞍替えしたのかえ? 勿体ない。陰間茶屋にでも行けばいいんだよ」
「ふん。今は陰間茶屋のあった江戸の世ではないわえ。でも、冨岡さんならどっちでもいけそうだねぇ。それに上客だしさ……」
 俺が年増の女達の声を聞き流しながら酒を煽っていると……。
「義勇さん!」
 俺が待っていた少年がやって来た。竈門炭治郎だ。
「……炭治郎」
「ほら、あの少年よ」
「ああ……額の痣がなければ綺麗な顔だね。確かに。それに、目に濁りがない」
 俺は女の声を心の中で振り遣り、立ち上がる。
「――これ、少ないがとっておいてくれ」
 さっきの女達に金銭を渡す。
「おやまぁ、いつも悪いわねぇ」
「行くぞ。炭治郎」
「はい!」
 炭治郎は俺の後をついて来た。こいつに何か買ってやろうか……そう思った時だった。炭治郎が言う。
「禰豆子に何か買ってやりたいなぁ……」
 からからと風車が回っている。炭治郎が足を止めた。
「……どうした? 炭治郎」
「禰豆子にお土産をと思って」
 俺は代金を払うと言ったが、炭治郎は自分が払うと、断固として聞かなかった。……まぁ、仕方がない。こういう時の炭治郎は自分の意見を貫き通すのだ。それに、給金は鬼殺隊からももらっている。
 風車を見ながら、炭治郎はご満悦だ。きっと妹の禰豆子の喜ぶ顔を思い浮かべているのだろう。このまま宿へ行くか。炭治郎も、もう、心得ているようだ。
「義勇さん……その……」
「どうした? ……嫌か?」
「いえ、そんな……義勇さんが俺に刻んだ歯形、消えかかってるんです」
「口づけの跡の方が良かったか?」
「いいえ。義勇さんとの想い出が消えていくのが嫌で……」
 こいつ、可愛いことを言うじゃないか。俺は、炭治郎の額をこつんと叩いた。
 俺をここまで煽ったんだ。覚悟はいいな、炭治郎。

「あ、ああっ!」
 炭治郎が嬌声を上げる。上げさせているのは俺だ。
「義勇さん……義勇さん……」
 炭治郎が譫言のように言う。最初の激しさこそないものの、その分炭治郎を深く味わえた。もっと奥まで……出来る限り届くところにまで潜り込む。
「炭治郎……」
「……義勇さん……この間より、ずっと、いいです……」
 この少年は、知ってか知らずか、俺を煽るのが上手い。もし、正直な気持ちだとしたら、この少年は天性の娼婦の才がある。少年なのに娼婦と言うのも、おかしな話だと思うが。
 それに……炭治郎だって、いつかは女に恋をする。
 俺は、その間だけの代替物に過ぎない。炭治郎には、恋をして、結婚して、幸せになって欲しい。そんな幸運な誰かが誰とは知らないが。
 何を想っているのか。冨岡義勇。少なくとも、今だけは、炭治郎は俺のものだ。
「覚悟はいいな、炭治郎」
「え……? ひゃ、うっ、ああっ!」
 今夜は何度でも泣かせてやる。炭治郎。

「義勇さん……質問があるんですが……」
「何だ?」
 ことを終えて、炭治郎がぐったりしている間に、俺は湯浴みをしていた。
「どこで覚えて来るんですか。この……男の抱き方なんて……」
「俺だって無駄に年を食ってはいない……」
「きっと、義勇さんには、男の恋人がいたんですね。それか、陰間茶屋に通っていたとか……ああ、駄目だ。俺、義勇さんの最初の人に妬いてしまう」
 ……そんなところも可愛いがな。
 炭治郎は俺の最初の相手に妬いて、俺は炭治郎の最後の相手に妬く。
 似合い、と言えば似合いかもしれない。このまま共に白髪の生えるまで一緒にいられたらどんなにいいだろう。けれど、俺達はそんな優雅な環境に身を置いてはいない。明日はどうなるか、わからぬ身だ。
「義勇さん……お風呂入ってきていいですか?」
「別段構わないが……?」
「じゃあ、そうします……」
 炭治郎がふらふらと歩いて行った。さっきまで、求め過ぎてしまっていただろうか。これでも抑えているつもりなんだがな……。
 もう、空が明かるくなりかけている。俺は、炭治郎の枕元にある、風車に目を遣った。
 竈門禰豆子……あいつは幸せだな。あんないい兄がいて……。
 俺はその風車を手に取って、ふっと息を吹きかけてやった。鎹鴉は一足先に家へと帰した。どうせ、あいつらは異変があれば飛んで来る。

「あっ、冨岡さんに炭治郎だ!」
 二人で蝶屋敷に行くと、我妻善逸が言った。嘴平伊之助も一緒だ。
「今までどこにいた。二人とも」
 と、伊之助。
「禰豆子に風車を買ってやった」
 炭治郎が答える。……まぁ、嘘ではない。
「ね~ずこちゃ~ん。冨岡さんが風車を買って来たって~。後で一緒に遊ぼうね~」
 黄色い少年……善逸はいつも元気だ。この三人……いや、四人の中では伊之助に次いで元気かもしれない。善逸は禰豆子に恋をしている。禰豆子は大層な美少女だ。例え、鬼になってしまったとしても。
 禰豆子も蝶屋敷にいる。……しのぶとも、会うことになるのだろうな。
 仕方がない。なるようになれだ。それに、しのぶとは体を重ねたことこそないが、一度は俺が惚れた女だ。
「ははは、仕方ないなぁ、善逸は」
 苦笑交じりの炭治郎の手を俺はぎゅっと握ってやった。戦い、傷ついた手。でも、俺の手より小さい。
 いつかは、炭治郎にも守りたい女が出来るだろう。それは、あの栗花落カナヲ、という少女かもしれない。
 炭治郎が誰と結ばれようと、出来ることなら祝福してやりたい。
 ……俺は、何を馬鹿なことを考えているのだろう。将来はどうなるかわからない、というのに。でも、子供達をあやしている炭治郎と言う絵は、ひどく合っていた。例え、俺の想像の中でも。
 何もなかったなら……鬼舞辻無惨がいなかったら、炭治郎は幸せな結婚をして、暖かい家庭を築いたことだろう。
 そして……俺がいなかったら……。
 炭治郎も年相応に気になる彼女でも作ったかもしれない。炭治郎は優しいから誰からもモテるだろう。蝶屋敷で働いているアオイという少女だって、炭治郎のことが好きだ。俺にはわかる。
 炭治郎は、子供からお婆さんにまでモテる。勿論、年頃の女性も。
 カナヲの炭治郎を見る目は優しい。恋でもしているかのようだ。カナヲは胡蝶カナエが拾った女の子だ。今はしのぶの世話になっている。
「久しぶりですね。冨岡さん」
 ……しのぶか。
「そう久しぶりでもないだろう」
「ですね。でも、私は冨岡さんに会いたくてうずうずしてたんですよ。……冨岡さん、炭治郎くんに恋をしてますね」
「……わかるか」
 しのぶに隠し事をしたって仕方がない。
「でもね、冨岡さん。冨岡さんはどこか抜けてるからわからないかもしれませんが……今の炭治郎くんは、冨岡さんに夢中ですよ」
 炭治郎はこちらを見て……視線を背けた。
「炭治郎だって、女に恋する時が来る」
「その通りです。だから『今の』って、私、言ったんです」
 俺は鼻白む思いでしのぶを見た。相変わらず手厳しい女だ。けれど、俺が初めて本気で恋した女でもある。それは、しのぶや、炭治郎には絶対言えないことだけどな。

後書き
義炭! ぎゆしの!
嗚呼、自分で読んでて楽しかったです。
同人作家は作者と読者、両方兼ね備えることが出来て素敵な趣味です。私はオン専ですが。
2020.12.19

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