胡蝶しのぶと冨岡先生

 甘露寺蜜璃や竈門禰豆子と弁当を食べた後、胡蝶しのぶは職員室へ向かった。
(冨岡先生、いるかしら……)
 蜜璃や禰豆子と言った友達と一緒に食事をした後、しのぶは時々職員室へ行って、体育教師の冨岡義勇と共にお茶を飲んでいた。
 職員室はコーヒーの残り香がするが、しのぶも冨岡も緑茶の方が好きだった。お茶はしのぶが淹れる。冨岡と飲むお茶はいつも美味しいと、しのぶは思っていた。
 時々、他の職員が職員室にいることもある。その時は、しのぶも笑顔でその先生にもお茶を淹れてやる。
 ――何だか、今日は騒がしい。
 誰か来ているのだろうか。例えば、宇随先生でも――そう思って、しのぶは職員室をノックした。声は若い。しかも複数だ。
「胡蝶しのぶです。入ります」
 しのぶが入ると、女好きの少年、我妻善逸が駆け寄って来た。彼は、このキメツ学園の風紀委員なのだ。
「こんにちは~、胡蝶先輩。禰豆子ちゃんは元気でしたか?」
 善逸は、今は竈門炭治郎の妹、竈門禰豆子に夢中なのだ。
「ええ。とっても元気よ」
「善逸のヤツ、俺にも同じ質問したんだよ」
 日の丸模様の耳飾りをつけた炭治郎が苦笑する。耳飾りは確か校則違反だが、善逸も、そして冨岡もそれを許している。炭治郎には炭治郎の事情があるらしい。
 尤も、どんな理由かは話していないし、しのぶも知らないのだが――。
「おう、しのび。弁当残ってるか?」
 嘴平伊之助は人の名前を覚えるのが苦手だ。しのぶは思わず笑いをもらした。
「残念でした。もう食べ終わってしまいましたよ」
「ちぇっ」
 そう言うと、伊之助はもう用事は終わりとばかりにさっさと帰ろうとした。伊之助はそこらの美少女が震え上がる程、綺麗な顔をしているのに何でこんな野生児なのだろうと、しのぶはいつも思う。
「ああ、そうそう。伊之助くん」
「――何だよ」
「お茶でも飲みません? 私が淹れてあげますよ」
 本当は冨岡と二人きりが良かったのだが、こうなったら何人でも同じことだ。
「胡蝶先輩が俺達にお茶を淹れてくれるんですか?!」
 善逸が嬉しそうに言った。
「善逸君には禰豆子ちゃんがいるでしょう?」
「――淹れてくれないのですか……? 確かに俺は禰豆子ちゃんが本命ですけど、でも……」
 善逸はしょぼんとしょぼくれている。――可愛い。しのぶはついそう思ってしまった。
「そう言う意味で言ったんじゃないのよ。善逸君にも淹れてあげる」
「わーい、やったぁ!」
 善逸がはしゃいでいると、炭治郎も思わずと言った態度で笑顔を見せる。
「お前ら、静かにしろ」
 冨岡が美声で善逸達に注意をする。冨岡は男前だが、声にも張りが合って、よく通るのだ。それが怖いと言う生徒もいるけれど――。
(私は好き)
 しのぶは胸の前で、きゅっと拳を握った。
「仕方ねぇなぁ。俺も付き合ってやるよ」
 伊之助が言葉の割にはわくわくしている響きを聞き取って、しのぶは自分が笑顔になっているのを感じた。
(まぁ、お邪魔させてあげましてよ)
 勝手知ったる職員室。しのぶはお茶を出した。
「伊之助、善逸、炭治郎。……しのぶの淹れるお茶は……旨いぞ」
「え……?」
 冨岡がしのぶの淹れてくれる茶を褒めてくれたので、しのぶの頬が熱くなった。
(冨岡先生……嬉しい……)
 冨岡にはつい憎まれ口を叩くしのぶだが、心の底では冨岡を慕っていた。
(嫌われ者の冨岡先生だけど……私は好きです……)
 この告白をするのがいつになるかわからないけれど。もしかしたら、卒業の頃になるかもしれない。今はまだ、それまで間があるけれど。
 キメツ学園の先生になるのもいい、としのぶは考えている。面白い生徒が沢山いるし、何より冨岡がいる。
 しのぶがお茶を淹れる。人数分。――善逸が茶を啜って舌鼓を打った。
「――ああ。美味しいです。胡蝶先輩」
「しのぶでいいわよ」
「……しのぶさん……」
 善逸は照れたように俯いた。綺麗で可愛い女の子なら誰でも好きなのかもしれない。禰豆子が好きなのも本当なんだろうとは思うが。
「俺も美味しいと思います。しのぶ先輩」
 炭治郎がきりっとした態度で言った。炭治郎の目はきらきら光って澄んでいる。一点の曇りもない瞳。
 炭治郎、善逸、伊之助、禰豆子。この四人はキメツ学園の名物で、かまぼこ隊と呼ばれていた。しのぶも前に何度か彼らと会話を交わしたことがある。彼らは面白くて、しのぶもすぐに好きになった。
 尤も、善逸の場合は、伊之助に茶々を入れられ怒っていたり、伊之助に追っかけられたり、禰豆子を口説いたりしていたことの方が、しのぶと会話を交わす時間よりも多かったが。
 しのぶは専ら炭治郎と喋っていた。禰豆子はいつもパンをくわえていて喋れない。何か理由があるみたいだが、いくら彼女の兄の炭治郎に訊いても教えてもらえなかった。
(いい子達、本当に――)
 でも、禰豆子除いたかまぼこ隊がどうして職員室などにいるのか。冨岡に怒られでもしたのだろうか。居残り勉強でもさせられたのだろうか。
「可哀想に……」
 しのぶは思わずほろりとなった。
「ん? 何が可哀想なんだ?」
 冨岡がしのぶに訊いた。
「だって炭治郎君達、今まで居残り勉強させられていたのでしょう? 冨岡先生の元で」
「違う。権八郎が冨岡先生と弁当食おうって言ったんだ」
 伊之助が反駁する。
「炭治郎君が?!」
 しのぶが驚いて、炭治郎を見遣る。炭治郎としのぶの視線が合うと、炭治郎はニカッと笑った。
「だって――冨岡先生、いつもぼっち弁当で可哀想だったから!」
「まぁ!」
(そこが冨岡先生のいいところだって、この子は思わなかったのかしら!)
「しのぶさん、俺が居残り勉強させられる程頭が悪いなんて思わないでくださいよ」
 善逸が気障な仕草でちっちっ、と指を振る。
「まぁ、伊之助はどうか知らないけれどな」
 善逸は一言多い。伊之助が、
「何だと?! 紋逸!」
 と、プンプン怒っていた。しのぶはそんな二人を後目に、考え事をしていた。
 炭治郎は可哀想だと思っていたのか。あの孤高の教師冨岡を……誰に嫌われようと己の意志を貫く強さを持つ、キメツ学園の誇る体育教師冨岡義勇を。
 だとしたら、炭治郎はわかっていない。
 しのぶが好きなのは、いつも凛然と佇んでいる冨岡だ。
 けれど、しのぶが知らなかった一面もある。冨岡はああ見えて、来るもの拒まずと言うところがあるみたいだった。
(私だけだと思っていたのに……)
 冨岡の目には、自分しか映っていない。しのぶはそう信じていた。だが、騒いでいる善逸と伊之助に、
「お前ら職員室で暴れるな。嗚呼、竹刀を職員室に持って来れば良かったな……」
 と、話す冨岡が案外愉快そうだったのが気になる。それとも、愉快そうに見えたのは、自分だけなのだろうか……。
「ひっ、すみません、すみません、冨岡先生!」
 善逸が泣きながら謝っている。善逸には、いじめられている女の子をかっこよく守ったり、剣道で上級生に勝ったとか言う逸話があるのだが、しのぶにはどうしても信じられない。
「俺からもすみません!」
 炭治郎も謝る。冨岡はもう怒っていないようだった。
「……まぁ、賑やかなのも悪くないからな……」
 そう言って、冨岡も茶を啜る。
「うむ、旨い」
 冨岡も喜んでくれたようだった。
 今は勇気が出なくて駄目だけど、いつか冨岡に告白しようと、しのぶは思っている。例えば、卒業式の時などに。その時はもう、先生と生徒ではなくなるのだから。
 もし、自分と冨岡が結ばれたなら……。しのぶの想像力は幸せな未来を勝手に描く。いつもはリアリストのしのぶが、今は夢見る乙女となった。
(私が冨岡先生と上手く行ったら、蜜璃ちゃん、喜んでくれるかな)
 甘露寺蜜璃は、しのぶの親友だ。少し、ではなくかなり惚れっぽいところがあるが。可愛いので男子生徒に人気があるが、本人はそれを知らない。そんな蜜璃をしのぶも可愛いと思う。
 それにしても、今はお茶の時間だ。しのぶは自分の淹れた茶をゆっくり味わう。いつもは自分と冨岡の二人だけのまったりとした時間。
 けれども、やはり冨岡の言った通り、賑やかなのもいいかもしれない。こういうのも青春というのだろう。それはとても楽しい。(悪くない時間ですね)としのぶは思った。
 しのぶさんは義勇さんと、どこか似ている。年齢も、性別も、匂いだって違うのに……。しのぶさん、俺はもう、あなたの友達です。

後書き
これを書いた過去の私に一言言いたい……。
蜜璃ちゃんは伊黒先生一筋だーっ!
世間から一億年遅れで私も鬼滅最終巻買いましたよ。
……それから、しのぶちゃんも冨岡先生と幸せになるといいね。
2021.01.07

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