ニールの明日

第三百五十三話

「楽しそうじゃないっスか、兄貴達。俺も加わらせてくれよっと」
 そう言ったのは――
(コーラサワー?! どうして……)
 モニターに赤毛のパトリック・コーラサワーの見慣れた顔が映った。刹那ですら少なからず動揺した。
『おい、どうしてヤツがここに……!』
 ニールも慌てているようだ。コーラサワーはAEUのイナクトに乗っていた。
『それがさぁ、どうも、パトリックの野郎に、整備中のイナクトを乗っ取られたらしいんだよな……済まねぇ。これは俺の落ち度だ』
 イアン・ヴァスティがボリボリと頭を掻く。
「コーラサワー……お前、マネキン大佐はどうした」
『ああ。大佐にでっかい勝利の花束贈ってプロポーズすんですよ。この戦いが終わったらね』
「その前にお前が死んだらどうする」
『あの世から大佐を見守ってるっス』
 ――刹那の口の端がつり上がった。それが自分でもわかった。
「わかった。せいぜい命永らえてくれよ」
『アイアイサー』
 そして、コーラサワーは茶目っ気たっぷりに敬礼を送って寄越した。
(まぁ、心配しなくてもああいうヤツは死なんな)
 刹那はニールに脳量子波を送ったが、ニールからの返事はなかった。きっと彼も一生懸命なにがしかを考えているのだろう。
(俺もニールを頼りにしてばかりじゃいられないな)
 気持ちが上向いた刹那は妖精のティエリアと目が合った。このティエリアもきっと同じようなことを考えているのだろう。本格的な戦いが始まる前に、刹那にはホログラムのティエリアに訊いてみたいことがあった。
「ティエリア……後で適当な名前でもつけてもらってくれ。あのな、ティエリア。お前は自分の意思とか、そういうものは持っているか?」
『勿論』
 ティエリアが得意そうに答えた。
「それでな、ティエリア……24世紀の科学はそこまで進んでいるのか?」
『ああ。お前が砂漠を彷徨っている間も、科学は進歩し続けていた』
「そうか、凄いな――」
『ああ。僕は科学と宗教の融合を目指している。科学だけではストッパー役はいない。二十世紀の方がまだ、人々の心は穏やかだった』
「そうだな――」
 刹那は椅子の背に体を凭せ掛けた。人間はどんどん悪くなっているのかもしれない。アレハンドロ・コーナーだってそうだ。
 けれども、刹那は信じている。人間の未来のことを――。
「行くぞ」
『おう、刹那』
 ――ニール・ディランディの声が聴こえた。
 刹那の兄貴分。――そして、恋人。ガンダムマイスターの中での最年長者のひとりでもある。双子の弟にライルがいるのだから。
「ニール、ライルの調子はどうか聞いてくれ」
『それなら兄さんじゃなくて俺に言いな。バッチリだぜ!』
 ――機影が予想もしない方向から進軍してきた。
(あれは――ヒリングの機体じゃないか! まさか――!)
(はあああああ! リボンズはあたしが守るんだからね! 絶対守るんだから……)
 そんな声が聴こえて来たような気がした。刹那はニキータのことを思い出していた。
 ヒリング・ケア――彼女に、ニキータと同じ轍は踏ませやしない。
 ――と、そこで。
 ヒリングの機体、ガラッゾの前に、アレルヤ・ハプティズム……いや、今はハレルヤでもある男の乗ったアリオスガンダムが立ちはだかる。
『君の相手はこの僕だ! だろう? 相棒』
『――ああ、その通りだ』
 アレルヤとハレルヤの脳量子波が聴こえる。
『ぼーっとするな! 刹那・F・セイエイ』
 ティエリアが檄を飛ばす。
「そ、そうだったな。アレルヤにハレルヤ! ヒリングは殺すな」
『――そいつはどうだか保証は出来ねぇな! なぁ、アレルヤぁぁぁぁ!』
『ああ……僕も、今回だけはハレルヤの肩を持つ』
「アレルヤ!」
 ブツッ! ――映像が途切れた。
「アレルヤ、ハレルヤ――!」
 刹那が珍しく声を荒げて叫ぶ。ホログラムのティエリアが首を左右に振った。
『あいつらはあいつらに任せるしかない。お前はお前の任務がある』
「任務――」
『……リボンズ・アルマークを更生させるんじゃなかったのか? どうなんだい? え? 今のままでは味方であるはずのアレルヤも救えないぞ。まぁ、尤も、今のお前はこうもりみたいなものだけどな』
 こうもりだの何だの言っていても、ティエリアはこれでも刹那のことを心配しているのだ。遠慮会釈がないのは――これは或る意味仕方ないだろう。毒舌で定評のあるティエリア・アーデの分身なのだから。
「ティエリア……俺はアレルヤ達を信じる。ヒリングは彼らに任せる」
『それがいいかもな』
 ――ティエリアも頷いた。
 そこで、通信が入った。
「誰からだ!」
『やぁ、刹那・F・セイエイ』
 それは、ティエリアによく似た菫色の髪の――。
「リジェネ・レジェッタ」
『やぁ。うちの者がお世話になったね。尤も、僕も止めるつもりはないけどね』
『ティエリア! あ、そうか。僕もティエリアなんだっけ。……セラヴィー・ガンダム! 今回はリジェネとはお前らが戦え!』
『こっちには三人いるから平気だ』
『おい、俺のことは計算に入れてないのかよ!』
 コーラサワーから不満そうに言った。
『ではコーラサワー、お前はティエリアとライルとガルムガンダムと一緒に戦え。ニール・ディランディはガラッゾとだ!』
「そう来なくっちゃ」
 コーラサワーがモニター越しにウィンクした。刹那は、コーラサワーを信じている。信じていると言っても、まだ不安だ。コーラサワーは今までいろんな修羅場を運だけで切り抜けてきた。
 だが――今回はそう上手く行くかどうか……。
 イナクトに魔の手が及ぶ。
『危ないッ!』
 ライルがガルムガンダムのコーラサワーへの攻撃を払い落とした。
『はっはっはっ。こっちには運命の女神がついてるんだ。ニールの兄貴と同様にな』
『ふー、こっちは気が気じゃなかったぜ……』
 コーラサワーはライルに護られたようなものだ。この男は誰かに護られながら今まで生き延びて来られたのではなかろうか。
(――全く、とんだお荷物だ)
『刹那。そんなこと言うなよ。このバイプレイでこっちは助かったんだから……』
『ニール、さっきは危ないところだったな……』
 ホログラムのティエリアが一番戦況をわかっているらしかった。ニールはにやりと笑った。
『まぁ、コーラサワーにも使い道はあったと言うことだよ』
『――ありがとうございます。ニールの兄貴!』
『……まぁ、馬鹿と鋏は使いようって言うからな……』
『そんな、ホログラムのティエリアさん? でしたっけ? 馬鹿はないでしょうが、馬鹿は――』
 コーラサワーは泣き言を言ったが、確かにこの男には何某かの神が憑いているのかもしれない。或いは、神に祝福されえているとか――。神は、案外凡庸な人物に寛大だ。
『いや、済まない』
『コーラサワーのおかげで、ガラッゾの攻撃が半歩遅れた』
 話している場合ではない。だが、ニールにはアレルヤがいる。或いは、アレルヤ達――か。
(ニールにも運命の女神がついている)
 だからこそ、コーラサワーとウマが合うのかもしれない。ニールは決して――そう、決して凡庸な人物ではなかったが。
『うわあああああ、何だこれはーーーーー!』
(ELS……)
 刹那は一瞬呆然とした。リボーンズガンダムにELSがびっしり貼りついている。見惚れている場合ではないと言うのに、刹那はあまりの美しさに目を奪われた。コックピットの妖精、ティエリアが叫んだ。
『刹那! トランザムだ!』

2023.3.14


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